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ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語のohassyのレビュー・感想・評価

5.0
コロナ明けに思いもよらない大傑作に出会えた、うれしい。

原作「若草物語」は誰もがタイトルくらいは聞いたことがある古典と言える小説で、南北戦争時代のアメリカで過ごす四姉妹の子供の頃を中心に描かれた、作者・オルコットの自伝的な作品だ。
これまで様々な形でその版権が利用されているけれど、僕らの世代で言えば圧倒的に「ハウス名作劇場」のそれだろう。
中身を覚えているわけではないけれど、ラストに末っ子のエイミーが語る「お隣のローリーと結婚したの、誰だと思います?」というナレーションだけ、なぜか妙に覚えている。

この古典であるという印象に加えてセットや衣装も基本的には時代劇なので、ともすれば「退屈な名作」ではないかと勘違いしてしまうかもしれない。
僕も完全にそう思っていて正直まったく気にかけていなかったのだけれど、SNSでのちょっと異様なざわつきを敏感に察知し、すぐに映画館へ。
どのくらいノーマークかというと、エマ・ワトソンもフローレンス・ピューもローラ・ダーンもメリル・ストリープも登場シーンで出演を知ることになったくらいだし、クリス・クーパーに至ってはエンドロールで気づいた。
それでも観ることができた行動力は自分を褒めていいと思うし、SNSは素晴らしい。

話が逸れた。

退屈な名作と思いきや本当に大傑作な本作は、実のところ完全に現代の映画だと言える。
しかしそれは、小手先のテクニックや編集、見せかけの世界観づくりで取り繕うような愚かな味付けではない。
ちゃんと不朽の名作を観ている感覚なのに、古さや退屈さを一切感じることがない、全く新しい普遍的な映像作品だ。
グレタ・ガーヴィグは長編監督2作目にしてこの完成度(しかも脚本も務めてる!)、果たしてこんなことができる映像作家が他にいるのだろうか。

何がそうさせているか、少し紐解いてみたい。

本作が最も白眉なのは「若草物語」の大ヒットに伴って執筆された続編「続・若草物語」を起点に、過去に遡る構成が取られている点。
過去の映像化に比べてここが全く違うこの点で、いわゆるファミリーや子供向けにとどまらない、大人にも十分に刺激的で魅力のある、メッセージ性の高い作品にしている。
大人になった女性の思いがキャラクターたちの行動原理となることで、押し付けがましい説教くささも無くなるし、何より人生や自分に対しての悩みや覚悟に共感を持つことができる。

さらに大きいのは、原作小説の中の物語だけで構築しとうとせず、作家オルコットの生き様、そしてガーヴィグの生き様そのものを投影していることだ。
150年前の、今以上に女性の立場が弱かった時代に、1人で生き抜こうとしたオルコットの姿がジョーに投影されているのが原作だけれど、一方で監督・脚本を務めるガーヴィグもオルコットに共鳴し、自身をジョーに投影する。
そんな幾重もの投影がキャラクターと物語に圧倒的な深みを生み出し、当然ながら現代的なメッセージとなって、時代を超えて脳天に響く大傑作に仕上げられている。

この主人公のジョー=オルコットの構図によって、本作は複雑な入れ子構造になっていて、観ているとだんだん境目が曖昧になっていくのだけれど、それはおそらくわざとだろう。
原作「続・若草物語」でジョーは結婚するが、原作者が望む形ではなかったらしい。
本作では、その解離をびっくりするアイデアで乗り越えて見せることで、オルコットの想いまでを汲み取ろうとする。。
きっとカーヴィグが1番やりたかったことではないだろうか。

映像、脚本的なテクニックも、これみよがしではなく
シナリオ、編集、演出においてもその技術は、洗練さと大胆さと落ち着きを伴った驚くべき完成度だ。
タランティーノばりの会話シーンは息も切らせぬスピード感で、家族の騒々しくも楽しく前向きな生活に放り込まれたかのよう。
過去と現在を行き来する構成は、物語をややこしくするばかりか伝えるべきメッセージを分かりやすく浮き彫りにする装置にもなり、「問いかけと答え」が対となって感情を揺さぶってくる。
こんなやり方は、今までであれば「安直で単純すぎる」と否定していたはずだけれど、本作においてはすごく正しいというか、すばらしいデザインだ。
気軽に真似をすると痛い目に合う気がするけれど、大いに学習したい。

これからの世の中がどうなるかまだ良く分からないけれど、今までのようなコミュニケーションはまだなかなか難しく、リスクを享受し合えるのは今のところ「家族」という小さな単位のコミュニティだけだ。
今まで過小評価されていた(少なくとも僕はしていたと思う)このコミュニティの力というものを、本作は図らずも150年以上たった現代に問いかける形にもなっている。
本作には家族や個々それぞれの喜怒哀楽が詰まっていて、嬉しいシーンもあれば悲しいシーンもある。
僕は2回ほど落涙(そのうちの1回はかなりの)したのだけれど、それは悲しいシーンではなくて、どちらも嬉しいシーンだった。
生まれてこの方ほとんど泣いた記憶はないけれど、そう言えば昔から映画を観て泣きそうになるのって嬉しいシーンばかりだ。

謎。
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