海

ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語の海のレビュー・感想・評価

5.0
ママが、いつかわたしに言ったことがあるの。「海は天使だったのよ。ずっとずっと待って、やっとママのところに来てくれた天使だった」おばあちゃんが大丈夫だろうと言ったわたしの僅かな不調を、ママが疑わなければ、そのときもうわたしは死んでしまっていたらしい。わたしが死にかけたとき、ママはお医者さまにもう少しでも遅ければ助からなかった、でも不自由が残る覚悟はしておいた方がいいと言われたそうだ。それでも絶対に死んだりしないことをママは知ってたって言ってた。毎晩、神さまにも仏さまにもお祈りしたんだよって言ってた。からだにどこか不自由が残ったら、ママはママの一生をぜんぶ海だけのために使うつもりだったのよ、って言ってた。そしたら海は、妹にも会えなかったねって。今わたしのからだは、すごく健康で、わたしの心だって健康どころか、頑固でマイペースで、つよすぎるくらいだ。すごいことだよね、怖くなるくらいに。だからずっと、くじけそうになるたび、自分の魂には、魔法がかかっているんだと信じて生きてきたんだ。どんなことも、奇跡みたいだったとおもう。はじめて見た海も、赤とんぼの群れ、いつかママに怒られたあとの妹を抱きしめたら泣き出しちゃったこと、好きなひとの上着の匂い、映画も本も、猫と暮らすことを決めた日のことも。わたしがもしかすると、見なかったかもしれないもの、聴かなかったかもしれない音。出会わなかったかもしれないひと。わたしの人生にいままで起きてきたすべてのことが、わたしが選びとって、わたしがこれがいいと抱きしめて、わたしが続けてきたことだった。わたしは生きてる。自分のちからで生きている。ああ、泣きすぎてこのまま死ぬかと思ったんだよ。この四人の少女たちをわたしの中に全員あつめたってわたしの存在には到底敵わなくって、でもわたしをこの四人の少女たちに散りばめていったならわたしひとりじゃ全然足りなかった。猫に頬ずりをするのが好き、雨の日は傘をささないほうがきもちいい、詩や物語はどんな場所でだってつくれる、寒い冬ほど部屋の窓はあけたくなるし、おかげで寒過ぎて夜中目が覚めたりして、海や木々の音、猫の言葉、雪の匂い、夜風に乗せてみる歌ってかならず誰かに届いているらしいの、わたしも時々しらない歌を風の中に聴くんだよ。わたしだけが知ってるしあわせを、ひとつずつ数えた。わたしをわたしたらしめているものを数えた。いつかあなたが好きだと言ってくれたわたしの声、言葉と心、撫でられた頭と、大切に包まれた両手、まだ、そこにありますか? きいて。わたしね、これまでの人生で、ママと妹の悪口を誰にも言ったことがないんだ。友達にも先生にも知らないひとにも。言わないって決めたから、言ったことない。本当よ、神さまに誓ってもいい。いつか、美術部の顧問の先生が、あなたは特別な子だと言ってくれた、いつか好きなひとが、海を見てわたしを思い出すと言ってくれた、わたしが誰かをすくっていたその証拠が今もなおわたしをすくってる。幼い頃からずっと、やさしくなりたいと願ってきた。その祈りは、いつも誰かの中の自分のためにあった。大切なひとから決して目をそらしたりしないってことを、生涯をかけて証明したかった。誰かがわたしのつくり出す何かから得た感動や救済を、そのひとがたとえ忘れたってわたしだけは蔑ろにしたらいけないと思ってた。誰かが、本当にわたしだけに望むのなら、わたしはそのひとのために天使にも聖母にも、永遠にも、一瞬にもなれると本気で思うんだ。それがまちがってたっていい。どんなにやさしくなっても、まだやさしくなんてないと感じてきた。わたしにとって、やさしい、っていうのは、そこにぽんっと表現して見せる意識なんかじゃなくって、自分の知っているすべてのものの中から選びとって「あなたのために」と願ったその意志を、持続させるっていうことなの。わたしには、そうやって自分一人で守り続けた、貫き通してきたものがある。わたしが誇るべきなのは、本当に、それだけだ。 追伸。ジョー、わたしももしかしたら、結婚はしないかもしれないと最近は思っています。三年前、恋をしました、わたしはそのひと以上に好きで欲しいと思う相手には二度と出会えないかもしれないと本気で感じてた。でもそれ以上に、ママと妹と愛猫と、大事に抱きしめつづけてきたわたしのぜんぶを、わたしは愛していて、あのひとを好きだと感じる以上に、あのひとをあのひとたらしめていたあらゆるもののことを、わたしは敬いたかった。それもきっと愛と呼ぶのかもしれない。だから、いつか書きたいと思っています。貫き通そうと思っています。彼はもうわたしの中に居るから。そうよ、自由に、自由に書きたい。よろこびがつよいほど、怒りだってつよくなる、かなしみだってつよくなる。だから、いっぱい怒りたい、いっぱい泣きたい、いっぱい誰かと笑いたい、それに胸を張って生きていたい。わたしは、わたしを愛してあげたい。書くことをやめないで。あなたでいることをやめないで。抱きしめて撫でてそっとキスをして、子守唄をうたってあげるから、かなしいときはいつでもおいで。わたしのところへかえっておいで。