まりぃくりすてぃ

漂うがごとくのまりぃくりすてぃのレビュー・感想・評価

漂うがごとく(2009年製作の映画)
5.0
現代ベトナム映画のこれは最高傑作だろうね。全要素が、2010年代の世界基準を楽々クリア。
ただし、映画の上級者向け。愛欲(の見据え)についてはそういうのの中級以上者向けかな。ワカル人は最初の5分で、のめり込める。

まず、カメラワークが、当たり前に職人。最初の婚礼風景の追い方は今風にいえばドキュメンタリー調だけど、ムダに揺れない。落ち着き払ってるのに動的で、止まればさらに泰然。止まりきることもない(が絶対震えない)。私たちからすれば赤の他人たちの、結婚の宵の生々しさが、そうやっていきなりもう私たちに(撮影機材やスクリーンを通してじゃなく、室内空気だけを介するかのように)ゲロのぬくもりや心の荒涼や初々しさの清さをもって抱きついてくる。
以後もずっと、各場面のために最高的確な、アングル・遠近・高さ・動きが、これしかないとばかりに全瞬間に “半ば自動的に” 充てられつづける。つまりは、お話の(場面場面の)必要性に応じてだ。撮影者本位の芸術性(自己顕示)のためにはカメラは使われず、ただただ最適なワークを被写体そのものが決めてる。結果、作品本位の芸術性が全開。

キャストもハイレベル。すぐれてベトナム的な美と世界標準的美とが贅沢に混在しつつ。ヒロインもマザコン夫役も女子友役もジゴロ役も短髪女子役も、いや、子役ふくめたほかの多くの助演者たちも、それぞれたっぷり十数分~数十分ずつクローズアップされるとしたらそのあいだ充分見飽きされず私たちに賞味されてよいほどに、常にスクリーン映え。美男美女度の高低にかかわらず。
まずはもちろんキャスティングパワーでそうなったんだろう。でも、撮影がやっぱ賢い。自然光が主だと思うけど、薄暗さが多く画面を覆ってて、それは各人物をじつはそれぞれ “最も綺麗に” 見せるという目的から? もしも倍明るい画だったらどうなった? 主要役者からほんの端役までほぼ全人物をジェニックって感じた、、、のは確信犯奇術だからだね?
序盤からの薄暗さの邁進が、“見えにくさを是非とも必要とした、第一の事件” の暗がり度で大きな正解感を連れてくる!(ああ、そのための暗さでもあったんだと!)
もろもろの薄暗さ(の選択)は、後へ行って明るい海とかの不安定な開放感にまで効いた。

物語をしっかり築いたその上で、セリフに頼らず、画でこそ語る、、、というのが映画のまずは必要業務なんだが、本作は、教科書通りに“画が語りに語る”。
さらに褒めちぎれるのは、役者たちの話し方と“聞き方”。タメ作りとか間合いのとり方とか。各役者は、セリフを発してる時よりもセリフを発した後(セリフとセリフの間。それと相手に言われてる時)にこそしっかり思いを込めてる。そうわかる。セリフオンとセリフオフの両方が演技になって連なってる。常に。セリフ自体も、短めで、丁寧で、比重が重め。したがって、特に一対一の会話場面(女同士とか)において、まるで剣士と剣士との果たし合いのような緊張感が(しかもアロマ的に素敵に)漂う。濃密でありながら軽やかでもある。大人の映画なのに、若い。濱口竜介作品のような対話劇じゃないが、“対話の隙間が魅力な劇”として、嬉しい互角感を持つ。

ヒロイン(ズエン)役のドー・ハイ・イエンや謎のカッコいい短髪愛人女性役をエロく綺麗に撮った、まずは男性客の審美志向に応えそうな美映画であるのは、男性脚本・男性監督ゆえの必然だろうな。。
しかし、夫役がけっして何か負けてる感じもない。そこはかとなく(日本的な意味では)彼はアイドルっぽさを(何やら堂々と)有する。
先に書いたが、全員、何らかのジェニック体質をぷんぷんカンカン示してくれてる。

で、物語は物語で「結局そういう方面へ、川上から各支流の川下へみたく徐々に確実に堕ちていくんでしょ」な蓋然性のわかりやすい重視がしっかりしててリアルで、最初に書いたが恋愛中級以上者にとっては、つきあい甲斐ある中身だ。
鍵を握ってたのは、闘鶏家の娘の不思議な可愛さ(と実存性??)の台頭。「幽霊」の作り話でけなげに彼を怖がらせるその華奢ちゃんのワンポイント全力キャラが、ありがちな背徳話にメルヘンチックな罪浅さを加えてる。しかも視覚上の手の届きやすさっぽさが東アジア的だ。一方、謎の短髪の凄味ある愛人さんの方は、ヨーロピアンな(いい意味で遠い)存在感。いずれも幼稚な不条理さとは遠く、ちゃんと活きてる。
アグレッシヴなベトナム。。。。
クライマックスの高さはないのに、飽きをまったく生まない。むしろ「このあたりで終わっちゃったら、やだからね。もちろんもっともっと続いてよ」とエンドっぽいトラフィック風景でいったん不安になる。ちゃんとその後も続いてくれた。
「水」モチーフが終盤に増大してくる。台湾のツァイ・ミンリャン好きの人なら大歓迎なまとめ方に。(私もそのクチ。)この忘れがたいラストは、一見無造作だけどいったいどうやって撮ったものか後で私たちを悩ますことになる。

てことで、脚本・演出・演技・撮影(&光カンケイ)・編集等々、どこをみても超一級品だった。「キャストが綺麗で、撮りの泰然たる運動性も好みで、、きっと良さそう」という冒頭での期待確信は一度も裏切られなかったんだが、、、、、特筆すべきは、時々凄味と謎味のあるスペシャル香辛料として投げ込まれたもの。それは音楽。ベトナム音楽というものに私はこれまで接したことがなく、つどつどの劇中使用曲の国籍もジャンルもわからないのだが、良かった! とても! どれも! 特にエンドロールんとこの、フルコーラスの「シッタン・ガイ」の後半で、鳥肌が立った!!