しんご

ジョーカーのしんごのレビュー・感想・評価

ジョーカー(2019年製作の映画)
4.8
この映画を観てふと、芸人の中川家のことを思い出した。ツッコミの礼二は幼少期から知らないおじさんや車掌のモノマネを日がなしていたので、両親から先天的な障害があると懸念され心療内科に連れて行かれたそう。カウンセリングや本編のアーカム州立病院のような真っ白な床を真っ直ぐ歩く治療等をしたにも関わらず「改善」の兆しを見せない彼を見た両親は兄の剛に諦めたように一言...「あの子はもう普通の仕事は出来へんわ」。

「今でも地元で1人でぶつぶつ言いながらニタニタ笑て気味悪がられてるおっさんとか見たら、あー僕もあんなんなってたのかなと。お笑いに救われたというか、人生は紙一重やなと思いましたわ。」...現在の礼二はしみじみこう語る。

本作はまさにそんな「紙一重」の差で「善と悪」「喜劇と悲劇」が劇的に入れ替わる態を描いた秀逸なドラマ。心を支える「細い命綱」のような拠り所が目の前で1本ずつ切られて、それが全部切れてしまった果てに醜悪な怪物ができあがる。「善悪二元論」や「性善説」など、白と黒で測れない人間のグレーな部分がくすみ切って真っ黒になるまでを描いた壮絶で重い作品。「誰でもジョーカーになりうる」という怖さに震える。

今作の主人公アーサーも職業は芸人である。ただ、彼は脳と神経の障害ゆえに人と満足にコミュニケーションが取れないハンデがある。また学もなく、笑いのセンスも絶望的にズレてる彼は気味悪がられ、誰からも認められずみるみる社会の不適合者になり踏みにじられていく。アーサーに突き付けられる80年代のゴッサム・シティの現実がとにかくヘビーで辛い。

そんな中で鬱積したドス黒い感情がふとしたきっかけで爆発してからの物語の加速度の凄まじさたるや。いや、あなた「her/世界でひとつの彼女」(13)での心優しいセオドア役のあのホアキン・フェニックスだよね?

偏執的な自己顕示欲と自己愛の固まりさを象徴するかのような病的な体型から繰り出される一挙一動がもうサイコだし、何よりあの笑顔に浮かぶ目付きがまるで「her」の時とは別人のよう。走り方がとにかく怖すぎる。兄貴のリヴァー・フェニックスはもう伝説になってしまったけど、ホアキンはこのまま生ける伝説になって欲しい。そう思うほど素晴らしい役者さん。

興味深いのは監督が「ハングオーバー」(09)でお馴染みのトッド・フィリップスであったこと。あの怖すぎた「ゲット・アウト」(17)のジョーダン・ピール監督もコメディアンだし、笑いを描く人は「喜劇」と「悲劇」の境目を越える描写が驚く程に上手い。

喜劇と悲劇の転換でいえば、本作は演出面で「キング・オブ・コメディ」(82)から並々ならぬ影響を受けている。マレー役にロバート・デ・ニーロを抜擢するファンからするとニヤリな配役も粋だし、この作品を見たら本作のまた違った楽しみ方が味わえるはず。

自分の人生を「喜劇」に変えたアーサーがやがて「ジョーカー」として人間を越えた怪物になる過程が見事だったし、要所要所でのあのキャラ達との絡みも観られてまさに「バットマン」シリーズの前日譚と呼ぶに相応しい作品。ホームに駆けつける警官の一団と駅の構内ですれ違う際に不敵な笑みを浮かべるジョーカーのカット、鳥肌立つくらいカッコ良すぎる。

「不遇な人生ならば人殺しをしても許されるのか?」と犯罪者礼讃への批判も多分にあるだろう中で、そうした倫理観をも笑いながら叩き壊す圧倒的な悪のカリスマの誕生を是非劇場でご覧ください。
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