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ホテル・ムンバイのohassyのレビュー・感想・評価

ホテル・ムンバイ(2018年製作の映画)
4.2
10年ほど前、ムンバイ市内の駅や飲食店で起こった「ムンバイ同時多発テロ」の中で、ターゲットのひとつになったタージマハル・ホテルでの様子を描く本作。

ホテルに滞在していた500人のうち32人が死亡する大惨事となったということだけれど、本作のすさまじい緊迫感と臨場感は、500人全員が死を覚悟せざるを得ないほどの絶望が全編にわたり支配しており、誤解を恐れずに言えば「よくぞその程度の犠牲で済んだ」と思わざるを得ない。

この手の建物が占拠される事件は、大使館占拠や銀行強盗などのイメージだと、人質としての価値が生き延びる可能性を与えてくれるものだけれど、このテロリストたちの目的は「全員を殺す」こと。
言葉も通じない、ジハードだと吹聴された年端も行かない若者たちには、交渉や命乞いなども全く通用しそうにない。
そういった緊迫感が、痛いほどのリアリティを伴って全編に渡って漂う、非常に完成度の高い作品だと思う。

予告やチラシで「〇〇の製作陣による」的な謳い文句を見かけるたびに、他に言うことないんだろうなあと思っていたのだけれど、本作の「ボーダーライン製作陣による」っていうのだけは信頼していい。
個人的にはこの売り文句に対して得心したのは、本作が初めてかもしれない。
当然のことながら、製作スタッフというのは映画にとってものすごく大切なのだ。

それだけでも十分に見る価値のある映画だけれど、本作の白眉は構成の力だろう。
事実を元にした物語だから、当然のことながら登場人物にはモデルとなった実在の人物がいる。
監督・脚本のアンソニー・マラスと、製作総指揮と脚本を務めるジョン・コリーは、徹底したリサーチを元に実在の人物のキャラクター性や担った役割、ドラマを絶妙に組み合わせ、映画のために凝縮された登場人物たちを誕生させた。
このアプローチは「事実を曲げる行為」と取られる可能性が高く簡単に決意できることではない、勇気のいる行為だと思う。
事実を可能な限り忠実に描くことを前提にする方が、真っ当なアプローチだろう。

しかしながら、この凝縮こそが本作の最大の魅力であると共に、この忌まわしい悲劇を映画として忠実に伝える解なのではと、強く感じる。
映画である以上時間という制限はあるし、なにより観客という存在がある。
監督たちは、事実から集められるだけ集められた事実や当事者たちの感情を映画として再構築したわけで、つまりは彼らのフィルターを通しているわけだけれど、その行程こそがテーマを明確に浮かび上がるとともに、映画として感情移入できるよう、群像劇でありながらキャラクターを瞬時に理解させるという離れ業を成し遂げている。
それはつまり、少なくともある一面では、事実をそのまま並べるよりも事実を伝えている可能性があるということだ。

監督はまだ若く、本作が初長編だという。
恐るべし。
今週来週と公開作が多い中、地味な印象もあってなんとスルーされてしまいがちな気がするけれど、多分何をおいても観るべき作品だと思う。
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