ぬ

パブリック 図書館の奇跡のぬのレビュー・感想・評価

パブリック 図書館の奇跡(2018年製作の映画)
4.2
エミリオ・エステべすごい…
家を持たない人、家はあるが居られない/居たくない人、生活のための知識を求めてくる人、あらゆる人に開かれた"セーフティーネット"としての図書館が描かれていてとても興味深かった。
やはり基本的人権フル無視でろくに公助しねぇことは棚に上げて、個人に自助ばかり求める行政はクソだわ、と、災害や有事の際に路上生活者を差別し締め出し、行き場を奪う排除アート作りに精を出してばかりいるどっかの国のやり方への怒りも再認識できてよかった。

この映画を見てから、アメリカの図書館について調べたんだけど、利用者に無料でメールアドレスを発行して、図書館のPCを使って誰かとメールしたり、データを保存したりということができるらしい。
電話番号かメールアドレスがなければ利用できないサービスもあるし、個人的に誰かと繋がるための手段を持っていることって精神的にもかなり大切なことだと思うんで、すごくいいシステムじゃんと思った。
暖を取ったり身体を洗ったりというのは、図書館の主なサービスである「本を貸し出す、インターネット利用の提供」みたいな役割からは外れるものだけど、本来その役割を果たすべきシェルターが不足しているという現実。
「うちの役割とは違うんで」と突っぱねないで、福祉からあぶれてしまった人々を受け入れてくれる図書館の寛容さ…司書さんたちには頭が下がる。

一方で、2020年11月に起きた東京のバス停で路上生活者の女性が殺害された事件で、その被害者の方が使えない携帯電話を肌見放さず持ち歩いていたというのを思い出した。
誰かと連絡したい、繋がりたい、という思いは、祈りそのものだと思う。
その方の本当の思いはわからんけど、いつかまた、その携帯で誰かと繋がろうと思っていたかもしれないし、思い出が詰まった携帯をお守りのように持っていたのかもしれない。
もっと簡単にセーフティネットにアクセス出来たらな…助けを求めることに恥ずかしさを覚えさせないような、気軽に助けを求めやすい世の中だったらな…
て感じで悲しくなるけど、そういう世の中にするために、やれることやろう。

あと、"どんな人でも図書館を利用でき、図書館が提供する全リソースはその出自などを理由に除外されるべきではない"という内容(要約)の「図書館の権利宣言」が出来るきっかけとなった作品、『怒りの葡萄』(『東のエデン』『二十日鼠と人間』を書いたジョン・スタインベックの小説)が重要な役割として登場するのもすごくよくて、そこにシビれる!あこがれるゥ!って感じ。
他の創作物を映画に登場させるのって鼻につくこともたまにあるけど、この映画で『怒りの葡萄』を引用するのは、もう120点じゃん…小説の内容を知っているとこの映画に込められた意味がより深く感じられるし、粋な使い方…かっこいい

かっこいいといえば、セリフにあったMake noise!っていう言葉はいいなと思う。
「"声"を上げろ」と翻訳されているけど、英語のほうは不快な音である"ノイズ"っていう言葉を使ってて、その、「たとえ耳障りの悪いことでも、一々騒ぎ立てろ!黙ってたまるか!」って感じがパワフルでいい。
あと、自分の目からレーザービームが出ると信じて疑わない役を演じてたの、ラッパーなんだ…!めっちゃいいキャラだった!演技うま…!

いろいろ偉そうに言いつつ、私もホームレスを異質な存在だと感じていたことがあった、小・中学生の頃。口には出さなくても。
年取っていくうちに、自分で労働してお金を稼いだりして、海外で少しだけ外国人として生活してみたりして、最近もコロナがあったりして、自分の人生がいかに不安定でグラグラしているのか気づいた。
当たり前だけど、衣食住が死ぬまで永久にずっとずっと確保され続けてる保証なんてどこにもないことが身にしみてきた。
そしてやっと、路上生活者は、というかあらゆる人は、複数に枝分かれした未来にいる自分の姿なのだと気づいた。
路上生活者って、 家を持たない星に生まれた宇宙人てわけでも、ましてや家を持つに値しない人間なんてことでは決してなく、ただ今現在家がないという状態のことなのにな…

この作品見てて気になったのは、ホームレスの女性ってやっぱどこでも珍しいのかな、いるとしても彼女らはどこでどうやって生きてるんだろうかということ。
路上生活で危険なのは何も寒さ暑さや飢えだけじゃなく、男性でも暴力を受けて殺された人たちがたくさんいて、そして女性にはまた特有の異なった危険性やリスクがつきまとう。
『女性ホームレスとして生きる』という社会学の本すごい気になってたので、この映画みてますます読みたくなった。

そういえば、近所の駅前にBIG ISSUEを買いに行ったとき、学生さんが購入しているのを見たことがあった。
自分ももっと早くに知識をつけて、偏見をなくせていたらと思う。
路上生活者を招いて交流するといった試みをやってる学校もあるらしい。
以前見た番組では、学生が実際に路上で生活をしている人と話してみて、その人個人の人生を垣間見て、自分がいつかそうなる可能性を見出したり、それまで持っていた無条件に怖いとか異質だというイメージが払拭されたと話していた。
排除アートが広まる影に、そういった取り組みもあるのは嬉しかった。自分もそういう授業を経験したかった。
少しだけど、未来はだんだん良くなってきているかもしれないと思えた。
ぬ