けんたろう

フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊のけんたろうのレビュー・感想・評価

-
ウエス・アンダアソン、愈〻遣りたい放題のおはなし。


圧倒的な情報量を帯びた一つひとつの画と、随所に散りばめられたユウモアの数々とが、多幸感を覚えさす。少なき表情のうちに見ゆる情緒が心に染み渡る。
ウエス・アンダアソンの作品は何時も素敵だ。心が楽しくなる。ウキウキする。仄んのり陽気に成れる。

今作に於いても亦た然り。収められた総べての小話が素敵である。むろん其れらに用意せられし顛末は様々であり、中には悲しく切なきものも在つた。然し其れらが何んな結末を迎へようとも、映画の仕舞ひには屹度こゝろが洗はれる。
そして兎に角ユウモラスである。一般のモラルとは甚だ懸隔の有るシヨツキングな出来事も、エキセントリツクな人物も、パツシヨンに満ちた行ひも、或るいは少しく憚らるゝセクシイな描写も、皆な等しく可笑しい。縦ひ何んなに背徳なるものでも、又た何んなに纏まりなきものでも、彼れの手に掛かりさへすれば、屹度一つの小洒落た物語りへと変貌を遂げよう。まぁ、甘美なる仏語の絡まりしレア・セドウの見目麗しき肢体にはさすがに昂ぶるものが有ったが、然し此れも矢張りひとつの諧謔を以て表現せられてゐる。兎角シリアスな事件も官能的なロマンスも、何も彼もがユウモラス。恐らく彼れは相当な変態である。或るいは、ひどく恐ろしき人物である。

丸で、本当に存在してゐる人のドキユメンタリイが如き本作。架空の人物に此処まで愛を込められるなんて、又た彼れ自身を其処まで描いてゐないのに此処まで愛らしく感ぜしめるなんて、最早や尋常ではないの一言に尽きる。
ウエス・アンダアソン。フレンチ・デイスパツチ。何時までも観てゐたい作品が、亦た一つ増えた。