亘

はちどりの亘のレビュー・感想・評価

はちどり(2018年製作の映画)
4.5
【世界との直面】
1994年ソウル。団地に暮らす中学生ウニは違和感を抱きながら暮らしていた。家では抑圧的な父親に不満を抱き学校では友達が少なく浮いている。どこにもすんなりと入れる居場所がなかったのだ。そんな時漢文塾のヨンジ先生との出会いから彼女の視界がゆっくり開けていく。

女子中学生ウニの視点を通じて、思春期感じる世界への違和感や閉塞感を描いた作品。他人とは違う存在でいたい、親の助けを借りずに子ども扱いされずにいたい、自由に生きたいと願いつつ、一方では画一的に扱われ、親からは抑圧され、親の助けを借りたり結局親の元にいなければならなかったりして、学歴を期待される。そんな葛藤が描かれて、特に前半部分は閉塞感が漂っている。それがヨンジ先生との出会いから少しづつ変わっていく。
本作で描かれているのは経済成長期の韓国だけど、もしかしたらこの漠然とした閉塞感は『バーニング 劇場版』でも描かれているような現代の韓国社会での閉塞感に通じるところがあるように感じる。それこそ本作が今の時代に公開された一因かもしれない。

ウニは中学2年生。餅屋を営む決して裕福ではない団地に住んでいるいわゆる一般家庭。彼女はこの世界に居場所を見つけられていない。家では抑圧的な父親や暴力をふるう兄に不満を抱き、学校では浮いている。いつも一人でいるし黄色いリュックで目立つ。友達といえば漢文塾の別の中学の生徒。両親からも学歴を期待されているが実感がわかないから勉強に身が入らないし、この世界であまり心地よくない。だから何か楽しいことをしようと背伸びして彼氏とキスしたり、クラブへ行ったり、万引きしてみたりする。とはいえ彼氏といるところを兄に見られたり万引きを親にしられたり、どうしても"限られた枠"のなかにいてしまう感じがする。

でも実はそんな閉塞感があるのはウニだけではない。ウニの家族だってそれぞれに閉塞感を感じているように思う。この家庭が時にギスギスするのもそんな閉塞感からかもしれない。ただ本作は最年少のウニの視点から描くことで世界への純粋な違和感を描いているのだと思う。

そんなウニにとって一番の出会いが漢文塾のヨンジ先生。ウニのことを「1人の人」としてありのままに扱ってくれる唯一の人物である。”普通の大人"は、勉強して良い大学に行くことしか求めてこなくてそれ以外のことを聞き捨てるのにヨンジ先生だけはそんなことは言わない。だからウニも学校の先生は「先公」と呼ぶのにユンジ先生のことは「先生」と呼んで心を開いていく。"普通の大人"は勉強すれば成功できると、世界は単純だというけれど実はそうではない。ユンジ先生は、世界が理不尽であることを話す。「知り合いはたくさんいても、本心が分かる人はどれくらいいるだろうか」という教えも”普通の大人”だったら教えてくれないだろうし、切った指を嘆いてまずい酒を飲む歌なんか中学生にはふつう教えない。これを教えられるのもユンジ先生が”普通の大人”ではないからだろう。ユンジ先生はソウル大学を長く休学してぶらぶらしている、"外れもの"なのだ。

ウニはユンジ先生を慕っていたけど、2人の関係は急に終わってしまう。ユンジ先生が塾を辞めたのだ。さらにはユンジ先生を変人扱いした塾長に反抗したことから両親にも叱られてしまう。また元の”限られた枠”の中に戻ってしまうのが受け入れられなくてウニは怒りを爆発させる。さらにその後プレゼントが届きユンジ先生を訪ねるが彼女はソンス大橋で亡くなったことを知る。姉スヒは遅いバスに助かってよかったが、ユンジ先生は会えずじまい。まさに現実の理不尽さを見せつけられたシーンだろう。
でもその後ユンジ先生から届いたメッセージカード「正しい生き方とは」はウニの視界を改めて開かせただろう。ユンジ先生はウニの心の中で理不尽な世界を見る力を与えていると思う。

〇画一性と学歴主義
本作に漂う閉塞感や社会の理不尽さの一因は画一性や学歴主義だろう。
個人的には冒頭のシーンがとても好きで、思い込みの強く自分中心のウニの姿を表すと同時に団地の無個性な画一性が表れている。学校でも画一的に扱われ、ウニはそれに対抗してベネトンの黄色いリュックを背負っているのだ。他人とは違うはずなのに他人と同様に扱われる違和感を抱いている。そして"普通の大人"たちはウニたちに学歴を強制的に求める。とにかく”枠”の中に押し込めようとするのだ。
それと対照的なのがソウル大学生ながらも休学してエリートコースを外れた”外れ者"ヨンジ先生。ウニはヨンジ先生を慕い、"枠"にはまらないヨンジ先生に憧れがあるようにも思う。
そして”普通の大人”が勧める学歴主義やエリート街道が絶対ではないということが一番表れているのが、ソンス大橋の崩落だろう。「あれほど立派な橋なのに」というセリフもあるが、あの立派な橋はきっと「創られたエリート街道」を表しているのだ。それが崩落するということは、学歴とかエリート街道が将来を保証することはない、皆が信じていることが実は絶対ではないことを表している。ヨンジ先生もかつてはエリート街道を進んでいたが挫折した、ということを表しているような気がしてならない。

印象に残ったシーン:冒頭のウニが帰宅するシーン。ヨンジ先生の授業のシーン。ウニと友達が喧嘩するシーン。ウニがヨンジ先生と散歩しながら話すシーン。ウニがソンス大橋を見るシーン。
亘