開明獣

ANIARA アニアーラの開明獣のレビュー・感想・評価

ANIARA アニアーラ(2018年製作の映画)
1.0
今年もまたノーベル賞の季節がやってきた。文学賞では常連のように村上春樹氏が候補となっているが、受賞を逃す度に本など読んだこともないような連中が、SNSに愚劣な書き込みをする。

「受賞出来ないのだから大したことはない」
「所詮、日本で受けているだけだ」
「内容が無いから受賞出来なくて当たり前」

ノーベル賞は存命中の人間にしか授与されないから、受賞者の数は当然限られる。受賞してない偉大な作家の数が受賞者よりも多いのは当然のことだし、受賞の有無は、その作家の意義や価値に必ずしも関係するものではない。ロンドン、パリ、NY、フランクフルト、世界各国の大都市の書店でムラカミの本を置いてないところはないし、同氏ほど、日本の作家で海外で取り上げられているものはない。

村上氏の他にも多和田葉子、小川洋子、川上未映子、柳美里、中村文則、等々、グローバルに活躍している日本人作家が増えてきたのは喜ばしいことだが、その先鞭をつけたのが、村上春樹であることは言を待たない。

デビュー時から村上春樹の小説はリアルタイムで全作読んできた、というと、「ああ、ハルキストなんですね」という応えが返ってくるが、私は盲信的な村上信者ではない。それどころか、デビュー作の「風の歌を聴け」を読んだ時の感想は、「なんて下手な作家なんだ!!しかも、殆どがカート・ヴォネガットのパクリじゃないか!!」と呆れたものである。その印象は今でもそう変わってないし、初期三部作のクオリティはさして高くないと思っている。加えて、同氏の翻訳ものは、どれも村上春樹文体になってしまうので、これも低評価なのである。

それでも、村上春樹が現在の世界の作家の中で最高峰の1人に位置することは紛れもないことであり、繰り返すが、その価値はノーベル賞受賞の有無とは関係のないことである。しかも、ノーベル文学賞の選考委員が、いかに腐り切って偏向しているかを知れば、別に受賞しなくてもどうということはないとすら思っている。

何故、こんなことを書き連ねたのか?それは、本作のプロモーションで、「ノーベル文学賞受賞作家、ハリー・マーティンソンの不朽の原作を映画化」とあるからだ。

ノーベル文学賞選考のアカデミーは、性的暴行疑惑、委員長のアカデミー私物化、それに伴う贈賄疑惑で、何年か前には授与をとりやめる騒ぎになった。選考方法は秘匿され、委員は終身という歪な制度が腐敗を産んだものだ。我が国の自民党政権のようなものだと考えて欲しい。

そんな文学賞で最も批判を浴びたのが、この作品の原作を書いたハリー・マーティンソンの受賞だった。何故か?マーティンソンは、受賞前にアカデミーのメンバーに、即ち選考委員の1人に任命されていたからである。スウェーデン人で、選考委員からの受賞は、身内の出来レースとして大きな批判を浴びた。しかも当時の他の候補が、ウラジミール・ナボコフ、ソール・ベロー、グレアム・グリーン、と、マーティンソンよりも遥かに格上の名だたる文学者ばかりだったため、批判が止むことはなく、結果、それを苦にしてマーティンソンは自殺している。

この作品の、原作の「アニアーラ」の翻訳は絶版だが、英語版はペーパーバックで、AmazonUSや AmazonUKからでも入手可能だ。色々他国の文芸サイトを覗いてみると、本国スウェーデン以外での評価は必ずしもそう高くはない。村上春樹とは大きく違い、グローバルにも評価せれてない、すなわち、ノーベル文学賞のレベルには到達してない作品なのではないだろうか?

スウェーデンは、本人の名誉回復のためか、自分達の授与正当化のために、この映画を作ったとしか思えないが、結果は惨敗に等しい。原作が凡庸でも、映像化で息を吹き返す可能性はあったろうに、全て水泡に帰している。

未来の設定なのに、セットがしょぼくてみすぼらしい。クルーの服装が、航空会社のそれみたい。などなど、とにかく、映像がダサすぎるのである。加えて凡庸なシナリオ、演出、音楽、とどめは、魅了的でない役者陣に耐え難いような質の低い演技と、見るに堪えない作品の要素が全部盛り込まれている。加えて、人類あげての火星への大規模移住なのに、人種に対する偏りがある。殆ど白人で、黒人もチラホラとはいるが、アジア人がほぼいないという、いびつな構図は低予算のなせるわざか?

文芸的SFもしくはSF的文芸作品を書いて映画化された代表的な作家には、スタニスワフ・レム(「ソラリス」)、大江健三郎も愛読者だったストルガツキー兄弟(「ストーカー」)、オラフ・ステープルドン(「最初にして最後の人類」)、カート・ヴォネガット(「スローターハウスNo.5」)、ミシェル・ウェルベック(「素粒子」)などがおり、いずれも名だたる作家に名作揃いだが、本作はそこからは、遥か遠いところに存在するようだ。

時間を無駄にしたくなければ、避けた方が無難な作品だと思う。
開明獣

開明獣