めしいらず

生きるのめしいらずのレビュー・感想・評価

生きる(1952年製作の映画)
4.7
市民からの嘆願。融通が利かないお役所仕事。そんな環境に染まりきった主人公渡辺への婉曲な死の宣告はお決まり通りに唐突で彼を狼狽えさせる。地味に目立たぬよう生きてきた彼にやけっぱちの派手な遊びはやはり肌に合わない。辞めた部下の生き様と生命力に心動かされた渡辺は、人生の刻限を告げられて初めて己の人生の意味を問い生き始めるのだ。市民らが求めていた公園の建設。しかし役所の上役たちの縄張り意識に阻まれて思うように進まない。それでも執拗に食い下がる彼にヤクザまで駆り出される始末。だが死を目前にした彼にはどんな脅しも非協力な態度も通じないのが悲しくもあり可笑しくもある。彼の懸念は生い先短い時間ばかりだ。急がなければならない。文字通りに最初で最後の命懸けの仕事。その中でこれまでは見逃していた万物の美にふと気付く。不幸な出来事からも人間は真理を見出し心温めることができる。そして渡辺の悲願は遂に果たされ、生きることの喜びの中で彼は逝く。彼を貶め功績を横取りしようとする上役。渡辺に感化された役人たちの通夜の酒席での誓いは翌日にあっさり反故にされ、お決まりのお役所仕事は尚続く。でも子供たちは、裏でどんなすったもんだがあろうとも、そんなことなんか知ったことじゃないとばかりに、何も知らずに仲間と遊びに興じる。
志村喬が唄う二度のゴンドラの唄に込められたニュアンスの違いがまさに黒澤ヒューマニズムの真骨頂。観る者に安易な涙を誘わないあえて喜劇調な演出と、後半からいきなり通夜の場面に転じて主人公のその後を伝聞形式に描く大胆な構成が極めてスマートで心にくい。これぞ映画史の大定番に相応しい名作。
よく分からずに観た小学六年生の時のゴールデン洋画劇場以来の再鑑賞。
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