岡田拓朗

劇場の岡田拓朗のレビュー・感想・評価

劇場(2020年製作の映画)
4.5
劇場

一番会いたい人に会いに行く。
こんな当たり前のことがなんでできなかったんだろう。

夢を追いかけるが、他人や現実と相対する/されることを避け続けている永田。
夢を追いかけると言うと聞こえはよいが、永田は夢に甘えている(自分の夢を信じて支えてくれる沙希に対しても甘えている)ように見える。
いつまで保つだろうかと、いつ壊れるかわからない危うさを内包している。
その外に出せない心の内が、モノローグで語られる。

かたやで女優を夢見て上京するが、永田と出会うことで彼の夢を自分のことのように捉えて、献身的に支える沙希。
年齢を感じさせない母性を持ち、夢を追う身勝手な彼を包み込む。だか、裏を返せば徹底的に彼に甘い。
そのありったけの優しさと無邪気な笑顔で、無条件の肯定と安心感を与えてくれる彼女は、永田にとっての神様のように見える。

そんな2人を現在に徹して余すことなく映し出し、その言葉足らずな2人の関係や心情を、山﨑賢人と松岡茉優が物凄い演技で訴えてくることで、感情移入することができ、後半の演出がより心に沁み渡り、とてつもない余韻を生み出してくれている。
何一つ欠けてはいけなかったピースが、全てハマった素晴らしい映画だった。

幸せは人によって違う。
そこには一般論では片づけられない、当事者にしか理解し得ないものもある。

永田と沙希の関係は、大半の人から見ると理解できないかもしれない。
2人は早くに離れた方が、(世間的に見ると)お互いにとってよい未来が待っていそうなのに、それでも離れない。いや、離れられない。
魂を吸い取られそうになりながらも、自分がダメになっていくのがわかっていたとしても、時を共にすることをやめられないのだ。

感情に対して理由がつけられないこともあって、それでも譲れないことが人間にはある。
肝心なことには理由をつけられないのに、都合のよいことには、何かしらの理由をつけがちになることがある。
それを世の中では屁理屈と言うのだろうか。

ダメだとわかっていても、なかなかそこに向き合うことができずに、目をそらし続ける永田。
向き合うべきことが出てきたら、そこから逃げることしかできない。
逆に我慢を全て自分に留めて、怒りをぶつけられない沙希。
そもそも「怒り」という感情が、彼女には生まれないのかとさえ思う。

彼女のありったけの優しさを受けながらも、それが逆に自分の愚かさや醜さを露呈させることに繋がり、自分に向けるべき嫌悪や苛立ちを他者に向けてしまう。
自分のことが好きで、自分のことを第一に考え、献身的に支えてくれている愛すべき、大切にすべき、相手(沙希)にさえも嫌悪感を抱いてしまうのだ。

なのに沙希が自分以外の誰かと関わっているだけで嫉妬する。
沙希は永田を笑顔にしたいだけなのに、永田の夢を支えたいだけなのに、それぞれの言動全てがうまく作用しなくて辛い。

ここが一番安全な場所だよと沙希は言う。
そのはずだったのに…それが心に残りつつも、それすらも受け入れられなくなって、沙希とともに暮らすことからも逃げてしまった永田。

沙希は永田と一緒にいたい(関係を続けたい)のに、一緒にいる(関係を続けようとする)と全てが吸い取られていく。
沙希のあの度量があってもついには限界を迎えて、徐々に崩壊し、理性と感情がなくなっていってしまう。
その姿は見ていていたたまれなかった。

永田が沙希のことを神様だと思っていても、彼女も人間だったんだ。
そんな現実がしわ寄せみたいにじわじわと押し寄せてくる。
沙希が神様のような存在としてだけでなく、ちゃんと人間として描かれているのがよかった。

感情をもっとコントロールができれば、人間はもっと生きやすいのにと思わされる。
プライドなんてかなぐり捨てて、モノローグのように思ってること全てを、直接言動に移すことができたらどれだけ楽だろうか。
誰かを傷つけることなく、愛することができるのに。
でもそれができない面倒臭さこそが、人間を人間たらしめているとも言える。

そして終盤における演出が圧巻だった!
結局2人はあの決断をしないと自分を律することができなかった。
痛々しくて辛辣な現実を優しく包み込み、今までの自分たちとリンクさせ、今の嘘じゃない想いを率直に語り合い、それらがこれからの希望として昇華されていく。
そこに今までのシーンの伏線回収も盛り込まれる。

演劇は現実であり、過去でもあり、たらればでもあり、未来でもある。
自分にしか生み出せない特別な創作は、誰かとの関係から生み出される。
そんな永田の目指す創作にとって、沙希と沙希との時間はなくてはならない特別なものだったんだ。

一番会いたい人に会いに行く。
こんな当たり前のことがなんでできなかったんだろう。

その言葉には沙希への感謝と後悔が詰まっていた。
やっと素直になれた瞬間だった。思わず涙が溢れる。
そしてエンドロールが余韻を残す。

これは誰かに迷惑をかけながら夢を追いかけて打ちひしがれた、誰かのための現実と希望の物語だった。

P.S.
山﨑賢人と松岡茉優。主演2人の演技が本当に素晴らしかった。
特に松岡茉優。
沙希は彼女にしか演じられないと思うほどに素晴らしく、数々の名演をも凌駕する真骨頂の演技だった。
同世代の女優の中でも群を抜いてると思う。本当に圧巻。
そして山﨑賢人は新境地を感じる演技。
池松壮亮や『火花』の林遣都をも彷彿とさせられた。
岡田拓朗

岡田拓朗