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Mank/マンクのohassyのレビュー・感想・評価

Mank/マンク(2020年製作の映画)
3.8
映画「Mank/マンク」

ゴールデングローブ賞最多6部門ノミネートで、アカデミー賞も見えてきた本作。
「市民ケーン」が忖度の中唯一取った脚本賞のマンキーウィッツを描いた作品が、時を経てまた脚本賞を取ったらちょっとドラマ。

脚本家の物語だけあって、パワーのある印象的な言葉が心に残っている。
とりわけ、劇中マンクが引用したパスカルの言葉「もっと時間があれば短い手紙を書けたのですが」は、普段シナリオほかいろんな文章を書くことが多い自分にとってはハタヒザ(ハタと膝を打つの略)であった。
書くことを依頼される場合、とかく短い文章や短い動画のシナリオは期間も短く、長いものに関しては期間も割と長めにオファーされることが多いのだけれど、実は短かければ短いものほど完成度を高めるのに苦労するので、バランスが悪いことが多い。
短いものだから入れる要素が少なくて良いというわけではないので、逆に研ぎ澄ませるかに時間をかけることになるわけだ。
どんなものにしてもそれはマストな作業なので、結局のところ長さより完成度によって時間は変わるものだけれど、ダラダラと長い文章を書く行為よりは短くする行為のほうが時間もかかるし大切だったりする。
醍醐味でもあるけれど。

例えばすごい文章の例として「咳をしても一人」という、正岡子規の句がある。
たった9文字の中に孤独感や体調の悪さはもちろん、くたびれた布団の中で背を丸めている様が浮かび、何か人生に対する後悔のようなものまで感じてしまう、なんともすさまじい言葉だ。
ただ言葉の修練をするだけではおよそ到達できそうにない、魂の9文字。
きっと言葉を手先でいじるのではなく、人間性そのものを削って研ぎ澄ます必要があるのだろう。

もうひとつは「この商売は他とは違って、買った者が手にできるのは思い出だけ。作品はつくった作った人間のもののまま」というもの。
このところは広告の仕事が多いので作ったものを渡していることが殆どだけれど、オリジナルコンテンツは本当にそのとおりだ。
映画館や配信サービスでお金を払っても見れるだけだし、例えDVDにお金を払っても映像そのものを手に入れられるわけではない。
モノを売る商売とは明らかに異なる特殊性を持った業種なのだと、あらためて思わされることになった。

本作は結構前に視聴したもののなんとなくレビューできずにいて、ずっと取っ掛かりを探していた。
「あの『市民ケーン』の」という触れ込みが強く、白黒映像や編集などの見せ方も相まって引っ張られてしまうけれど、市民ケーンについての物語かといえばそうでもなくて、市民ケーンの製作を舞台にした一人の脚本家の物語であることは明白だ。
お金に支配されてやるべきことをやってこなかった一人の物書きが、正しいことをするために一矢報いようとする物語。
おっさんのマウントと思われてしまうかもしれないけれど、この感覚は若いうちはなかなかわからないかもしれないし、効率が最も大切とされる今の社会では理解されにくいかもしれない。
でも僕は、とても良くわかる(同じ行動が取れるかどうかは別だけれど)。
何かを犠牲にしても自分にとって正しいことをしたい、蓋をしていた感情がいよいよ無視できない。
そういう、不器用で、時には誰かに迷惑をかけることになる身勝手な考えや行動をしてしまうことは、ある。
と思う。

無声映画からトーキーへと移り変わる時代に、世界中から物書きがお金の力でハリウッドに集められ、ドイツでジャーナリストとして活動していたマンクもその中のひとり。
コーエン兄弟の「バートン・フィンク」を思い出したな。
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