umisodachi

ベイビーティースのumisodachiのレビュー・感想・評価

ベイビーティース(2019年製作の映画)
3.7


オーストラリア映画。癌を抱える16歳のミラは、通学途中の駅のホームで不良少年モーゼスと出会う。精神科医の父親と精神的に不安定な母親はモーゼスとの交際に反対するものの、ミラは反発。残り少ない命を輝かせるようにモーゼスとの恋にのめりこんでいく……。

こう↑あらすじを書くと『世界の中心で愛を叫ぶ』みたいな話に見えるが、全然違った。不治の病に苦しむ少女と孤独な不良少女との純愛でもなければ、頭の固い両親による理不尽な妨害との戦いでもない。もちろんミラの恋が描かれてはいるが、本作は不完全な人間たちによる家族愛の物語であり、ストーリーの主軸はむしろ子どもたちではなく両親の心理の方に置かれていた。

娘を失う恐怖で常に怯えている両親とは対照的に、ミラはどこか達観しているように見える。ミラが恋するモーゼスは自分の家族にも見放されている札付きの不良で、ハッキリいってどうしようもない。見た目にだらしがないだけではなく、ミラの家には薬(モルヒネ)を盗むために出入りしているだけだし、ミラへの愛情もたぶんない(同情はしているが)。

ミラの両親がモーゼスを排除しようとするのは当然なのだが、彼らはミラの残りの人生を輝かせるために苦渋の決断を下す。子どものために思い切った決断を下して子どもの好きにさせるという点だけ見れば、『君の名前で僕を呼んで』の両親とも共通するのだが、ミラの両親は『君の名前で~』の両親のような賢人ではない。父親も母親も不完全で、不安定で、ひどく人間くさい。ひとつだけ確かなのは、彼らがミラを心の底から愛していて、ミラを失うことが耐えられないということ。だからこそ彼らは悩む。

ミラの好きなようにモーゼスと交際させれば、結果的にミラは傷つくかもしれない(モーゼスはミラを利用しているから)。でも、ミラにとって最初で最後になる恋を取り上げることもまた、ミラを傷つけることになる。父親の挙動不審な行動も、母親の頑なな苦しみも、私の目にはひどくリアルで生々しく映った。毎朝目が覚める度に娘の死期が近づいている……そんな日々の中で落ち着いてなどいられるはずがない。

ミラが弾くバイオリン、母親がどうしても弾こうとしないピアノ、パーティでの幻想的な夜、シーンごとに変化するミラの髪の色(カツラ)、向かいに住む女性のお腹に宿る命、モーゼスの弟、バイオリンの先生……刻一刻と変化していくミラの状況と、ミラによって引き寄せられる人々の繋がり。命を輝かせるように感情を爆発させながら、最期の時を迎えるのを悟って覚悟を決めているミラ。両親に深く愛され、16年の人生を生きた証……ラストシーンで描かれたミラの想いにハッとした。彼女が求めるのは「愛されること」ではなかった。十分に愛されたミラが何よりも求めたのは、「愛すること」だったのだ。

ミラの口の中に残る乳歯(ベイビーティース)が抜けたとき、彼女は両親の愛を一身に受ける子どもから、心から誰かを愛することができる大人になった。ミラが愛したのはモーゼス?……もちろんそうだが、きっとミラの愛が最終的に向けられたのは、その先にいる両親だったはずだ。ミラは最後の命を燃やして両親へ愛を返した。本作は、恋愛映画ではなく親子の映画だったと私は思う。

パーティのシーンの演出、美しかったなあ。光と音楽が印象的な素敵な作品。それにしても、娘がモーゼスみたいなの連れてきたら本気で困るよな……。

umisodachi

umisodachi