ヨーク

ストレンジ・リトル・キャットのヨークのレビュー・感想・評価

3.9
本作は我がホームタウンの劇場である下高井戸シネマでの「Gucchi's Free School × DVD&動画配信でーた 現代未公開映画特集」でも最後の一本であり、俺の2023年最後の映画でありました。ちなみに先日感想文を書いた『サムサラ』と『ストロベリー・マンション』も「Gucchi's Free School × DVD&動画配信でーた 現代未公開映画特集」で上映された作品である。上映規模は小さくともこういう未公開映画の特集をやってくれるのは非常にありがたいですね。みんなももっとミニシアターとか名画座に通おうな。
ま、それはそれとして、本作『ストレンジ・リトル・キャット』という映画は10年前のドイツ映画で、ラモン・チュルヒャーという監督の手によるものである。知っている人は知っているのかもしれないが、まぁ多分世界的には無名で日本の映画ファンの間でもそんなにラモン・チュルヒャーという人に詳しい人はいないであろう。かくいう俺もラモン・チュルヒャー監督の作品としては初のものであった。
でも面白かったし、個性的だし、いかにもドイツ映画って感じの作品で良かったですよ。さらに言うと明らかに娯楽映画ではなくてアート系の作品でありましたな。
お話としては宗教的な祝日なのかどうかは知らないが、なんか連休っぽい雰囲気な週末におばぁちゃんがやってくるので、その日に合わせて親戚が集まって食事会を開くというそれだけの映画である。あらすじとしては本当にそれ以上書くことはない。さらに言うと、その親戚一同が集まる場で殺人事件が起きるわけでもなければ、身内の不倫とかが問題になるでもなく、金の問題で揉めてる債権者が押しかけてきたりするわけでもない。
映画の中では一族が集まる家の中で、その晩餐の準備をしながらやってくる親戚たちをむかい入れて、食事の準備をしていくどこにでもあるような家庭内の姿を描いたものに過ぎない。そういうものを観ながら俺が思い出していたのは過去に細田守監督の『未来のミライ』が公開された直後の感想や言説であった。曰く「まるで他人の家庭のホームビデオを見せられているだけという感じで全く面白くない」というものである。個人的に『未来のミライ』は面白くない映画だったし、好き嫌いでいってもまったくもって好きな映画ではなく完全に嫌い寄りの作品ではあったのだが、その「他人の家族のホームビデオ」だからつまんないという感想には納得がいっていなくて、いやただのホームビデオでもちゃんとしたテーマと意図の元に撮られていたらそれは面白い映画になり得るだろう、と思っていたんですよね。本作はまさに俺のその思いを証明してくれるような作品であったと思う。
内容としては本当に上記したような、親戚一同が集まって飯食って解散するだけっていう、それだけの映画でドラマもクソもない内容なんだけど、そこにある親密なはずの家族や親族の間の関係性というものには親しみと緊張感の両方が同時に存在していて、そのヒリついた空気感というのはそんちょそこらのサスペンス映画では及ばないようなものだったんですよ。ヒステリックに突然叫び出す子供や、それに対する母親の躾なのか怒りなのかよく分からない対応。そして徐々に集まってくる親族同士の全く内容のない会話と、それらのコミュニケーションの枠から放り出されている主賓であるはずのおばぁちゃん。そしてそれら登場人物の間をするりするりとすり抜けていく猫。
さらに言えばそれらが描かれるカメラの枠内と枠外との間にある沈黙にも似た断絶がある。大人たちは会話をしているようで何も話していないし、かといって遊んでいる子供たちに実感があるのかというとそうでもない。実に実直にリアリズムを描いたという意味ではものすごくドイツ映画っぽいとも言えるだろう。面白いかどうかはともかくとして、盆や正月に家族が集まるときの雰囲気という点ではドイツじゃなくて日本でも実にありそうな空気感の映画である。そこが非常に面白かったですね。
家の中にいるときって、大体家の中の誰かが自分のことを見ているんですよね。視界の中にとらえてはいなくとも同じ家の中で生活していると、アイツは今自分の部屋にいる、というようなことは大体把握されている。俺はそういうのが嫌で10代の頃は早く一人暮らしをしたくてたまらなかったんだけど、本作はその時のことを思い出した映画でしたよ。
深淵を覗くとき…じゃないけれど、家族のことを見ているときに家族は自分のことを見ているんですよね。その視線が重なってしまうときにどうしようもない気まずさのようなものがあって私たちは特に意味もないような会話を重ねてしまう。それが何なのか分からないけど、とにかくやってしまう。そういうこと描いた映画かなって思いましたね。会話と言えるほどのキャッチボールができない子供は叫んだりしちゃうけど、それはもしかしたら取ってつけた会話よりも真実味があるかもしれない。
この不穏さや緊張感はそこら辺のホラー映画以上のものだったと思いますね。やっぱ俺は親戚が集まる場とか苦手だわ…、と思いました。映画自体は面白かったけど。
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