いやー、やっと観ましたよ。この『PERFECT DAYS』が映画好きの間で話題になっていたのはちょうど昨年末くらいだったと思うから実に半年遅れくらいで観たわけである。遅いな。あまりにも遅すぎる。まぁでもそのおかげで昨年末あたりは結構賛否両論(俺の観測した範囲では賛が多かった気がするが)でやいのやいのと言われていた空気感が全くなくなった後に観ることができたのである意味ではフラットな状況で観ることができたかなというところはある。
それでいくとですねぇ、個人的には正直そんなに面白い映画ではないと思うが、好き嫌いでいくと結構好き、っていう感じでしたね。ちなみに本作の監督であるヴィム・ヴェンダースに関しては好き嫌いで言えば完全に好き寄りの監督で、氏の代表作でもある『パリ、テキサス』は俺のオールタイムベスト映画の中でもかなり上位に食い込む作品ではある。なのでまぁ若干甘めの評価になっているかなぁというところはあるのだが、十分に面白い映画だとは思いましたね。いや、面白いっていうか好きな映画かな。面白いかつまんないかで言うとつまんない寄りの作品ではあると思う。
その理由としてではですね、数年前に放送、配信された押井守の『ぶらどらぶ』というアニメがあったが、正直『ぶらどらぶ』はお世辞にも面白いアニメではなかった。だが押井守という人の内面というか性質というかはいかんなく発揮されてるアニメで、要はこの人こういうの好きだよねー、ということが凝縮された作品だったのである。本作もそれみたいなもんで、忖度なくバッサリ言うと一線を退いたジジイの趣味語りとか昔語りの映画なんだと思うんですよ。重要なのはそこにノレるかどうかということ。要はヴィム・ヴェンダースと趣味が合うかどうか。上記したように俺は元来ヴィム・ヴェンダースが好きだし、本作の中で取り上げられている要素としては特に首都高が好きなのでノレました。それと同じようにカセットテープだとか昭和的な長屋の風景とか浅草の地下街とか盆栽的な植物趣味とか定点観測的な写真撮影とか近所の小料理屋通いとか、他にも色々あったと思うけどそういう本作の趣味的要素に自身が合致する部分があるなら結構楽しく観られる映画ではないかなと思う。
お話がどうかというと、ぶっちゃけあらすじ説明とかは特に意味のない映画で役所広司演じる50代からギリ60歳くらいと思われる都内の公衆トイレ清掃員の別に劇的なことはほとんど起こらない日常の風景を描いた映画である。大恋愛とか殺人事件とか宇宙人の来襲とか、そんなことは全くなく大したことは起こらないのでそういう意味では別に面白い映画ではない。だがなんつうか心地のいい映画ではあるんだよな。
んで本作がダメだという意見の中にはその心地の良さに起因するのではないかということがあるような気もした。よく見かけた感想としては「役所広司が掃除する公衆トイレがキレイすぎる」というものである。確かにそれは俺も思った。作中で描かれるゲロもうんこもないトイレというのは違和感ありありである。地域差がどの程度あるのかは知らないが都心部で生活している者なら一度や二度くらいは駅や公園のトイレ(男性なら大便用の個室)に入ったらゲロやうんこまみれになっていて今すぐ用を足したいのを我慢して他のトイレを探したことがあるだろう。本作にはそういうシーンはなく、あくまでも観客が心地よく思える程度の便器清掃シーンしかないのである。個人的には映画史上でもワースト上位に数えられるであろう『トレインスポッティング』の糞汚いトイレを掃除するようなシーンが観たかった。
ま、終始そんな感じで本作は基本的に心地の良いものしか取り扱わないんですよね。役所広司の同僚の柄本時生がガールズバー勤務と思われる女の子に熱を上げてる件が途中にあるんだけどそこの登場人物同士の関係性というのも掘り下げられることはなく、何かよく分かんないけど役所広司がそのガールズバー(推定)の子に頬にキスされてそれ以降はスイとスルーされる。それは中盤から終盤にかけてそこそこの尺を割いて描かれる姪との関りのパートでも同じで、おっさんが妄想する都合の良い姪っ子程度の描写しかされないのである。正直この辺はどうかと思ったよ。俺が愛したかつてのヴェンダース(特にドイツ時代)と同じ監督かよっていうくらいには薄味でしょうもない演出ばかりだった。深く刺さるようなものよりも浅く撫でているだけという、そんな感じなんですよね。タイトルや姪っ子の名前的にヴェルヴェット・アンダーグラウンドからの引用はほぼ確定だと思うけど別にそれが作品のテーマとかに関係あるかというと全然そんなことはなくて好きだから何となく使ったというくらいの感じなのは拍子抜けするやら逆に巨匠のその場のノリ感があるやらって感じでしたよ。ちなみにタイトルについては『PERFECT DAYS』なわけだが、元ネタであろう曲名そのまんまにパーフェクトとか言っちゃうから客の方も身構えちゃうんで、ただの『DAYS』くらいの気安さにしとけばいいのになって思いました。その方が原曲のパーフェクトさも際立つだろう。
でもまぁその辺の色々が意図したかどうかは知らないが、昔はすごかったけど隠居したおじいちゃんと縁側でお茶飲みながら趣味全開の昔語りを聞いてるような、絶妙にどうでもいい感じの塩梅で良かったところでもあるんですよね。そうよねぇ、おじいちゃんこういうの好きだったよねぇ、と頷きながら昔話に付き合ってる感じですよ。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの曲もちゃんとパーフェクト付きで自作のタイトルにしたかったんだねぇ、って感じで。そういう風にヴィム・ヴェンダースの自分語りに付き合う映画なのだと思えば、それはそれで中々に贅沢な作品でもあるのではないだろうか。
ちなみに俺が本作で好きだったのは前述したように首都高のシーン(都内の清掃業者が移動で首都高使うか? というのはあるが)と終盤の役所広司と三浦友和のシーンでした。特に三浦友和のシーンは順番にタバコ吸ってゲホゲホ咳しちゃうところとか最高でしたね。笑えてかわいくて、ちょっとイオセリアーニの映画みたいな雰囲気だった。あそこは帰りに角ハイ買っちゃうくらいに好きでした。あと、都合はいいなぁと思うけど姪っ子と一緒に橋の上でチャリ漕いでるシーンも好きでしたよ。今度は今度、のセリフはいらねぇなと思ったけど。
まぁそんな感じで大傑作とかではないし、正直巨匠が余力で何となく大した情熱もないまま趣味に任せて作ったというくらいの映画だとは思うが合う人にはグッとくる映画だったのではないでしょうか。俺はまぁまぁグッときましたね。