ヨーク

青春のヨークのレビュー・感想・評価

青春(2023年製作の映画)
4.1
本作の監督であるワン・ビンといえば映画好きの間では『死霊魂』(495分)『収容病棟』(237分)『鉄西区』(545分)といった具合に超々々と繰り返しを二個付けたくなるほどの超々々長尺映画を撮る監督として有名だと思うのだが、本作『青春』はランタイム215分ということなので一般的には超長尺映画だがワン・ビン的にはまぁちょっと長いかな、というくらいのものである。ちなみに長尺が特徴のワン・ビンだが100分くらいの映画も普通にあるので全てが4時間近いランタイムの作品というわけでもない。
ちなみに俺が観たワン・ビン作品は『苦い銭』(163分)のみなので本作が二本目であり、したがってそんなにワン・ビンという作家を俯瞰的に語れるほどの作品数は観ていない。いやでもこの『青春』は面白かったですよ。
ワン・ビンにしては短めとはいえど、4時間近くも山も谷もない縫製工場の風景を観続けるのは中々にキツイものがあるのだが、そのだらだら感が『青春』というタイトルに実にマッチしていて悪くはなかったと思う。悪くはないが、ただのその言い回しのニュアンスでも分かるだろうが悪くはないがそんなに言うほど良くもない、っていう感じの映画で、面白いか面白くないかで言えば正直面白くない寄りの映画ではないかなとは思う。でも好きっていうか、好きという感情とも少し違うのだが、なんかこういうの分かるな…という生々しい手触りを感じる映画だったんですよね。
内容はというと上でも書いたように縫製工場が舞台のドキュメンタリー映画です。舞台は長江デルタと呼ばれる巨大な工場地帯。その一角にある子供服がメインなのかな? という服飾関係の縫製工場が並ぶ一帯で生きる出稼ぎ労働者たちの姿を撮ったドキュメンタリー映画である。工場とはいってもそんな立派で大規模なものではなくボロボロな団地みたいな建物が密集してる工場兼オフィス兼労働者が寝泊まりする寮兼、といった全ての機能が一体となったボロい建物が舞台となる。そこの労働者は朝起きたらそのまんま同じ建物内の工場に行って昼休みは近くの屋台みたいな店で簡単な飯を食ってまた工場に戻って作業が終わったら同じ建物内にある自室に戻って同僚と飲んだりスマホいじったりして寝る、以下繰り返し、といった生活が描かれる。
本当にそれだけの映画なので、上でも書いたように正直面白いっていうような内容ではない。ただ特筆する点としては個人的に唯一観ていたワン・ビン作品の『苦い銭』に近いノリの作品ではあったが『苦い銭』が中年くらいの年齢の人々が主な被写体だったのに対して本作では『青春』というタイトル通りに10代後半から20代半ばくらいまでの人物がメインの被写体となるのである。ま、途中おっさんとかおばさんのパートもあったが比率的には圧倒的に若者を描いた映画である。そのことが若いエネルギーと共に切なさも感じる部分でとても良かったんですよ。
これは俺の個人的なことだけど、俺自身はいわゆる氷河期世代と呼ばれるような世代に属している人間で、まぁ本作の登場人物たちと同じくらいの年齢の頃は有名な大学を卒業しても中々就職先がなかったという時代だったんですよ。それに加えてフリーターでも何とかなるよみたいな雰囲気も蔓延していて、めちゃくちゃシリアスな状況であるにも関わらずみんな何とかなるだろって思いながらヘラヘラ笑って過ごしていた。もちろん肩書に関わらず優秀な奴は大企業に就職したり当時勃興し始めていたネット関係のベンチャービジネスなどで成功したりはしていたが、大多数の同世代はまぁ何とかなるだろっていうノリでバイトや期間契約の雇用で糊口をしのいでいたんですよね。
じゃあそれが結果として何とかなったのかというとだ、当然個人差はあろうが00年代から10年代前半くらいまでただダラダラとバイト生活を続けたような者たちはきっと今でも不安定な生活をしているのではないだろうか。ま、俺も大体はそんな感じだし、本作の被写体となっている若者たちの10年後や20年後もだいたいそんな感じなのではないだろうか。これはまぁ、映画として面白いとかつまんないとか関係なくグッとくるよ。
大人の目から見れば今の状況は絶望的だし、さらにそこからより俯瞰の目で見ればその今の先にある将来なんてどう考えても良くなる見通しはない。でもミシン仕事しながら隣の女の子を口説いたり軽くあしらったり、休日に飲みながら騒いだり、同僚の誕生日にはケーキをパイ投げの要領で顔にぶつけて馬鹿笑いしたり、つまらない言い争いでハサミを握って喧嘩したりするのである。貧乏で汚くて、未来に希望なんかなくてただクソみたいな箱の中でミシンを踏み続けるだけの日々だけど、そこには二度とはない青春があるのである。それは金があって豪奢な場所に住んでいて将来が約束されているような環境で味わう青春とは本質的には大して変わらないものなのだろうと思う。俺自身の個人的な経験からくる負け惜しみとかではなく、多分青春っていうものの本質はそういうものなのだ。
どんな環境でも良いこともあれば悪いこともある。成功もあれば失敗もあり、希望と失望は常に同じところにある。本作は中国における貧困の現状を訴えるとか一見煌びやかに見える服飾産業の闇を捉えるといったような部分もあるのかもしれないが、何ということはなく『青春』というタイトルにあるように非常に普遍的なものを映し撮った映画なのである。
めちゃくちゃ退屈だったけどめちゃくちゃ楽しかった。俺にとっての青春とはそういうものだったし、この映画でもそのように描かれていると思う。面白かった、とは言い難いのだが、とても観てよかった映画だった。
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