ヨーク

野球少女のヨークのレビュー・感想・評価

野球少女(2019年製作の映画)
4.1
なんかあまり話題にもならないままひっそりと上映が終わった感じの本作ですがめっちゃ良かったですよ。最近俺が観た韓国映画は『新感染半島』と『ノンストップ』でどっちも大きくバカ映画に舵を切った作品だったけれど本作『野球少女』はガチです。超シリアスでめっちゃ繊細な映画であった。
お話は至って単純でタイトル通りに野球少女がプロを目指すというお話なんだけど、実は俺は例によって予告編も見ていなかったので本作観るまでは女子野球でプロを目指すお話だと思っていたんですよ。でも蓋を開けてみたら真逆で、男子野球でプロを目指すというお話だったのでそこでちょっとびっくりしました。そして上述したように、あ、これコメディパートとかないガチなやつだ、と思ったのでありました。まぁ男子野球といっても制度上は性別関係なくプロ野球選手として球団と契約することはできるらしい。多分韓国だけでなく日本でもそうなのだとは思うが、ではなぜプロ野球選手に女性がいないのかというと、まぁそこは身も蓋もないけれど身体能力がプロの基準に満たないからというのが最大の理由であろう。本作も正にそこで苦悩する主人公の姿が描かれていた。
主人公のスインは天才野球少女として持て囃されていたこともあるのだが高校生になり周囲の少年たちが成長して大人になっていくにしたがってどんどん差を付けられていくことに焦りを感じていた。マックス134キロの速球は女性としては確かに凄いが高校野球レベルでも男子なら140キロ台を投げる選手はそこそこいる。プロにスカウトされるような選手ならそれ以上だろう。昔から一緒に野球をしていた幼馴染みの野球少年も昔はスインの方がずっと上手かったのに、いつの間にか立場が逆転してプロからのスカウトをもらうまでになった。スインの家も食べていくのに困るほど貧乏ではないが間違っても余裕があるわけでもなく、いつまでも金にならない野球に専念できるわけでもない。そういう割と追い詰められた状況からスインの物語は始まるんですね。
そういうどん底で足搔いて何とか這い上がろうとするっていうのがお話として面白いのはもちろんなんだけど、やっぱ本作で無視できないのはタイトルからして当然なんだけど女性が男性のフィールドに向かって戦いを挑むということでしょう。もうそこが超格好いいの。伸び悩むスインに対してハンドボールに転向してはどうだ? とか妥協案が提示されたりするんだけどスインは頑としてそれを受け入れない。お母さんも女性がプロ野球選手になれないのは恥ずかしいことでも何でもないから現実を受け入れて家計の足しになるように就職でもしてくれと働き先を紹介してくれたりするけれど、やっぱりスインはそれも蹴ってしまう。もちろん、女子であるだけでプロテストに中々参加さえできないという構造はあるんだけれど、それとは別に如何ともしがたい実力差もあってスインの心中は凄く複雑なんですよね。でも彼女は諦めない。ハンドボールなり女子野球なりに転向すれば即スターになれるかもしれないけれど、あくまでも無差別級のプロの世界で戦おうとするのです。本作は『野球少女』というタイトルではあるがそのスインの姿勢は逆説的に、あるいは皮肉的に典型的な少年漫画の主人公のようですらある。何があっても自分を曲げない、他人の物差しで自分の幸福を決めない、なんていうのは保守的な女性観からはかけ離れたものであろう。主人公のその固い意志は全編にわたってよく描かれていて良かったですね。
あと、本作を観ながらどうしても思い出さざるを得なかったのがテレビゲームの実況パワフルプロ野球シリーズのサクセスモードに出てきた早川あおいですね。早川あおいはプロ野球初の女性選手として注目を集めるんだけど、実は単なる客寄せパンダとして雇われただけで戦力としては期待されていなかった。彼女はその状況を打破するために独自の変化球を開発してプロでも通用する力を見せつける、というシナリオだったんですね。若干ネタバレになるかもだけれど本作もストーリーはほぼそのラインを踏襲していた。正直これパワプロが元ネタなんじゃないの? と思ったほどである。
実際問題、身体能力で女性が男性を上回ることは難しい(俺のような軟弱な男ならともかく、プロになるような野球選手は男の中でもさらに鍛え抜かれた男なのだ)と思うし、一点突破で勝負できる部分があれば何とかなるかもしれないなというのも映画的な希望を提示しているに過ぎないのかもしれないけれど、それがちゃんと希望として映るのだから本作は素晴らしいと思いますよ。速球で勝つことが無理だとしても野球は速い球を投げるためのスポーツじゃないからね。今度はゲームじゃなくて漫画の例えになるが、ジョジョに出てきたスパイス・ガールのように柔らかいからこそ強いのだ、ということもある。そういやスパイス・ガールの本体も女性だった。
シンプルにスポ根ものとしても出来がいいし、終盤のトライアウトの緊張感と高揚感は素晴らしい。色んな意味で、これはウマ娘にキャーキャー言ってる人に観てもらいたいなぁ、という気持ちはありますよ。もっと評判になってもいいのになぁと思う作品でした。
あと、母親との関係でアイスの件はちょっと泣けるし、ラストの母親の勘違いは最高にいい人感が出てて大好き。
いい映画でした。
ヨーク

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