空海花

グンダーマン 優しき裏切り者の歌の空海花のレビュー・感想・評価

3.7
“東ドイツのボブ・ディラン”と呼ばれたシンガーソングライター、ゲアハルト・グンダーマン。
労働者のヒーローだった彼は
東ドイツで最大のスキャンダルとなった
秘密警察シュタージのスパイだった。
彼の18曲の歌と共に、
矛盾に満ちた彼の人生の真実が明かされる。
2019年ドイツ映画賞最優秀賞6部門受賞。
(作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞、美術賞、衣装賞)
監督は東ドイツ出身のアンドレアス・ドレーゼン。
脚本テイラー・シュティーラーと共に
10年の歳月をかけて完成。
音感上映にて鑑賞。

グンダーマンはベルリンの壁崩壊前から
東ドイツでシンガーソングライターとして活躍していた。
彼は音楽で生計を立てることはせず
労働で生活することにこだわり続け、
露天掘りの褐炭採掘場で働きながら
音楽活動を続けた。
詩人であり、理想家である彼の音楽は
労働や生活、家族、土地など地に足着いたものがテーマであり源流でもあったのだろう。
採掘場のシーンは圧倒される。
巨大な重機が壁面を削っていく。
まるで怪獣みたい。
あるいは大樹のよう。機械も長い時を経れば魂が宿るというのは頷ける。

ここで歌う「ブリギッタ鉱山」の歌は
聴いたことはないはずだけれど
どこか聴き覚えのあるような憂いに満ちた沁みる歌だった。
正に労働者の歌だ。

理想の強い彼は共産党員でもあった。
だが、独自の思想が強く厄介者扱いされる。
確かに朗らかだけれど気難しいところもある。
しかしある種、純粋な彼はシュタージにも目を付けられる。

失われた国、東ドイツ。
私にとってはほぼ無知に近い。
シュタージ。『善き人のためのソナタ』という名作を思い出す。
しかし労働者の目線を持つ彼の世界はもっと生活に根ざしている。
監視したり、されたり…当時の東ドイツの人達はもちろん監視されたらいい気はしないのだが、されててもおかしくないというどこか諦めの境地もある。
それが日常にさり気なく潜んでいることを人々は知りつつ、生活を送っていて
それは驚きでもあるし
また自分の認識の薄さから
それを見失いそうになる。

この映画は更に時間が交錯するというおまけがつく。
何となくで観てしまうと戸惑いがあるかもしれない。
ただ、彼の音楽や人を通して、
ベルリンの壁崩壊後の東ドイツや日常の空気を感じられる力作でもある。

彼は国を愛し理想家であったから
社会に関わることは当然と考えていた。
共産党でも、シュタージでも
自身の思想から出てくる不満をぶつける。
理想と現実との大きな溝。
当時の人々の心の置き所や精神的破綻に思いを馳せてしまう。

主人公演じるアレクサンダー・シェーアは東ベルリン生まれ。
彼が全カバーしたグンダーマンの歌は
元を知らないけれど、この映画にふさわしい純粋でまっすぐな歌声だった。
妻役グンダーマンの妻コニーを演じたアンナ・ウンターベルガーの澄んだ高音もきれい。
コニーは一緒にやっていたグループが解散と同時に歌をやめてしまうのだけれど、夫とずっと歌いたかっただろうな。。

構成は難ありだが、ドイツらしい気もする。
人の人生に善し悪しをハッキリさせるのは難しいことで、
この作品も、そこが本質ではなく
どちらもが内在した複雑な場所、その時代を
彼と彼の音楽を通して見ることができる。
労働者の憂い。幸あれ!と叫びたくなる。


2021レビュー#108
2021鑑賞No.206/劇場鑑賞#16


久々の大音量上映!
『アメリカンユートピア』が近くでやってなくて、残念😭だったので
これで慰めてもらいました(笑)
アメイジンググレイスはやるみたいです😆予告編で泣いた😳
空海花

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