Dick

この世界に残されてのDickのネタバレレビュー・内容・結末

この世界に残されて(2019年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

❶相性:やや消化不良。でも全体として、共感する。
「他人の心の痛みが分かる映画」。

➋構成:
①舞台はハンガリーの首都ブダペスト。
②時代は第二次世界大戦が終結してから3年後の1948年から、スターリンが死去した1953年までの5年間。
③メインキャラは、ホロコーストで家族を失った42歳のユダヤ人医師アルド(カーロイ・ハイデュク39歳。本作でハンガリーアカデミー賞&ハンガリー映画批評家賞の最優秀男優賞を受賞)と、同じくホロコーストで両親と妹を亡くした16歳のユダヤ人少女クララ(アビゲール・セーケ20歳。映画初主演の本作でハンガリー映画批評家賞の最優秀女優賞を受賞)。

➌ナチスに代り、スターリンのソ連の支配下に置かれ、共産主義体制の一党独裁制国家となったハンガリーに於いて、アルドとクララが出会い、心を通わせ、そして、悲しい別れを迎えるまでの5年間が、90分弱に凝縮して描かれている。
①身寄りのない少女クララ・ヴィーネルは、大叔母のオルギに引き取られ、二人暮らしをしているが、両親と妹を失ったことがいまだ信じられず、心を閉ざしている。
②生理不順となったクララは、オルギに連れられて婦人科医のアルドの診察を受ける。
③クララは、同じ悲しみを持つアルドに心を開き、オルギを通じて、アルドに保護者になってもらい、アルドの家に同居する。
④二人は父と娘のような感情を持つが、そのうち、男女の愛情が芽生えてくる。
⑤当時の一党独裁の監視社会では、多くの人が、理由も明かされずに次々逮捕されていて、アルドにも危険が迫っていた。
⑥二人の将来の為、アルドはクララと距離を置くことを決意する。
ⓐアルドは、アルドの患者で、婚約者を戦争で失った女性エルジと交際を始める。
ⓑクララは、男子学生のペペと親しくなる。
⑦そして、物語は3年後に飛ぶ。

❹本作では、短い上映時間で、奥深い内容が描かれている。上映時間が短いのは歓迎するが、具体的な説明が極力省略されていて、観客の判断に委ねられているので、整然としたロジックを重視する小生にとっては消化不良の面がある。

❺長所:42歳のアルドと16歳のクララが、出会って、心を通わせ、男女の恋愛感情を抱くようになる状況がとても丁寧に描かれていて良く理解出来た。別れざるを得ない切実な状況もひしひしと伝わる。二人に共感する。

❻一番の消化不良は、終盤、時代がいきなり3年後の1953年に飛ぶ描き方にある。
①クララの大叔母オルギの誕生パーティーの当日。
②集まったのは、オルギ、クララ、クララのBFだったペペ、アルド、アルドの患者だったエルジの5人。
③空白の3年間の間に、クララはペペと所帯を持ったようだ。また、アルドもエルジと結婚していたようだ。
④これ等に関する具体的な説明は一切ないので、観客の推定に任されている。
⑤そこに、スターリン死去(1953/3)のニュースが流れる。
⑥皆は、これで自由になれると喜ぶが、アルドだけは涙を流す。何故か?
⑦観客の推量に委ねる方法を否定するものではないが、説明不足は、欲求不満を増すことになる。

❼アルドの涙の理由は?
下記3つの仮説を考えた。作者は正解を示していない。判断は観客に任されている。小生は仮説1を支持したい。

①仮説1:クララとの別れを決めた自分が愛おしかった。
★クララとの別れを決めたのはアルド自身である。それはクララの安全と幸せを願ってのことである。そのためにアルドは身を引いたのだ。「男の美学」である。その心意気に共感する。
★それは、古くは、『カサブランカ(1942米)』に於ける、リック(ハンフリー・ボガート)のイルザ(イングリッド・バーグマン)に対する想いと同じである。
★そして、近年では、『ラ・ラ・ランド(2016米)』に於ける、セブ(ライアン・ゴズリン)のミア(エマ・ストーン)に対する想いと同じである。
★すなわち、アルドにとっては、クララの幸せが最優先だったのである。
★一方、クララにとっては、自分の幸せが最優先なのだ。自分が幸せになることが、アルドを幸せにすることになるのと思ったのだ。
★本作では、現在二人とも幸せになっているようである。ハッピーエンドである。

②仮説2:クララとの最後の別れが悲しかった。
★この先、アルドがクララと結ばれることは、決してないだろう。

③仮説3:将来に対する不安を強く感じた。
ⓐスターリン死去後のハンガリーは、まだ自由化には程遠かった。
ⓑそれから3年後の1956年には、ソ連の権威と支配に対する民衆による全国規模の蜂起が起きた。いわゆる「ハンガリー動乱」で、数千人の市民が殺害され、25万人近くの人々が難民となり国外へ逃亡した。
★「ハンガリー動乱」の状況は下記「❾トリビア1:ハンガリー映画 ⑦君の涙 ドナウに流れ ハンガリー1956(2006ハンガリー)日本公開2007/11」に描かれている。
★アルドは将来の悲劇を予想していたのだろうか?

❽外部評価
①Rotten Tomatoes:7件のレビューで、批評家支持率は100%、加重平均値は7.3/10。
②IMDb:1,109件のレビューで加重平均値は7.2/10。
③KINENOTE:70人の加重平均値77点/100点
④Filmarks:406人の加重平均値3.8/5.0

❾トリビア1:ハンガリー映画
ⓐUNESCOの2015年度国別年間映画製作本数によると、ハンガリーは41本で33位。
ⓑ因みにトップ10は、次の通り:
1位:インド:1907本。2位:アメリカ :791本。3位:中国:686本。4位:日本 581本。5位:フランス:300本。6位:イギリス:298本。7位:韓国:269本。8位:スペイン:255本。9位:ドイツ:226本。10位:イタリア:185本。
ⓒ日本で一般公開されたハンガリー映画は下記の通り、41年間で16本と随分少ない。それだけ超厳選されているようである。
ⓓ幸い小生は、全作を観ているので、評点を併記しておく。

①だれのものでもないチェレ(1976ハンガリー)日本公開1979/03/リバイバル2010/05/80点4B★★★★
②暗い日曜日 (1999独・ハンガリー) 日本公開2002/05/95点4B○★★★★☆
③太陽の雫(1999独・墺太利・ハンガリー・加)日本公開2002/9510/95点4B○★★★★☆
④ヴェルクマイスター・ハーモニー(2002ハンガリー・独・仏)日本公開2002/06/リバイバル2010/04/60点4C★★★
⑤ウィニングチケットー遥かなるブダペストー(2003ハンガリー)日本公開2010/02/70点4B★★★☆
⑥反恋愛主義(2005ハンガリー)日本公開2008/12/95点 4B○★★★★☆
⑦君の涙 ドナウに流れ ハンガリー1956(2006ハンガリー)日本公開2007/11/95点4A○★★★★☆
⑧人生に乾杯!(2007ハンガリー)日本公開2009/06/95点B○★★★★☆
⑨倫敦(ロンドン)から来た男(2007ハンガリー・仏・独)日本公開2009/12/40点4C★★
⑩ニーチェの馬(2011ハンガリー)日本公開2012/02/80点4C★★★★
⑪悪童日記 (2013独・ハンガリー) 日本公開2014/10/85点4B○★★★★
⑫ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲(ラプソディ)(2014ハンガリー・独・瑞典)日本公開2015/11/70点B★★★☆
⑬リザとキツネと恋する死者たち(2014ハンガリー)日本公開2015/12/70点4B★★★☆
⑭サウルの息子(2015ハンガリー)日本公開2016/01/70点4B★★★☆
⑮心と体と(2017ハンガリー)日本公開2018/04/60点4C★★★
⑯本作:この世界に残されて(2019ハンガリー)日本公開2020/12/95点4B★★★★☆

❿トリビア2:ハンガリーの人名表示
①ハンガリー映画と聞いてまず思い浮かぶのが「タル・ベーラ(Tarr Béla)」。2012年キネ旬ベスト・テンの外国映画第1位に選出された『ニーチェの馬(2011)』の監督である。
ⓐここで注意すべきは「タル(Tarr)」が「姓」で、「ベーラBéla)」が「名」であること。欧米では「Béla Tarr(ベーラ・タル)」と表記されている。
ⓑ本作の監督「バルナバーシュ・トート」は「バルナバーシュ」が「名」、「トート」が「姓」である。つまり「名―姓」の順。他のスタッフやキャストも同様に「名―姓」の順である。
ⓒ同じハンガリーでも「タル・ベーラ(Tarr Béla)」だけが「姓―名」の順になっている。本来なら「ベーラ・タル」と表記しなければならないのに、日本では逆順になっている。
②日本では人名は「姓―名」の順で表記する。中国・台湾・韓国も同様である。
ⓐ一方、英語圏等欧米向には現地のルールに従い「名―姓」の順に(英語等現地語で)表記する。
ⓑ欧米の人名をカナ表示する場合は現地と同様「名―姓」の順にする。
ⓒこのルールにより人は外国人であっても姓名の判別が可能となっている。
③欧米で唯一日本式人名表記を行っている国がある。それがハンガリーだ。
ⓐハンガリーでは人名は日本と同様、国内では「姓―名」の順、
ⓑ外国向けには「名―姓」の順に表記する。
④日本で、「タル・ベーラ」だけが国際慣習に則っていない理由は、最初に彼を日本に紹介した人が、ハンガリーの特殊事情を知らずに「名―姓」としたつもりが「姓―名」の順になってしまい、それが定着してしまったと考えられる。
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