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ナショナル・シアター・ライヴ 2020 「リーマン・トリロジー」のumisodachiのレビュー・感想・評価

5.0
サム・メンデス演出。リーマン一家がアメリカに移住し財をなし、リーマンショックが起こるまでの150年以上の歴史を、一族3代に渡って描いた3人芝居。今年の3月からはブロードウェイでの上演が決まっている。

ステージの背面はスクリーンになっていて、色々な景色が投影される。その前にはガラス張りの箱があり、芝居はその中で繰り広げられる。箱の中はくるくると様々な場所に変化する。長男がドイツから移住して開いたアラバマの日用品店、弟たちが移住してからは綿花取引でビジネスを広げ、NYにも構えた事務所。長男が亡くなり、南北戦争をきっかけに始めた復興支援。そして本社をNYに移して本格的に始めた金融業……。

業態を変えるたびに彼らはガラスに看板の文字を書いていく。リーマン商店、リーマン・ブラザーズ・コットン、リーマン・ブラザーズ・バンク……兄が死に、弟たちには息子が生まれ、老いていき、世代交代し……3人の役者たちが老若男女あらゆるキャラクターを演じ分けて進められる一大叙事詩。盆の上で回る箱と、移ろいゆく背景の映像。セリフは詩の朗読のようで、150年の月日が音楽のように目の前で流れていく。まるで奇跡みたいな演出だと思った。ギリシャ悲劇のようでもあり、旧約聖書のようでもあるが、これは私たちが良く知っている悲劇への道程なのだ。

言葉はシンプルで聞き取りやすく、複雑なビジネスの話題もしっかりと理解できるように噛み砕かれている。喋り方やちょっとしたユーモア、繰り返されるフレーズがときどき小さな笑いを起こす。頭首が見る夢、たびたび訪れる葬儀など、同じモチーフが何度もやってきて、こちらの意識を整えていく。

1844年から2008年までの間には大きな出来事がいくつもあった。アラバマの綿畑の大火災、南北戦争、世界恐慌、第二次世界大戦、そしてリーマンショックが起きたあの日。箱の中の柱に掲げられた時計は少しずつ時を刻み、運命の日の朝の時間に近づいていく。世界恐慌が起きた日には、リーマン家の物語と並行してウォール街で命を絶った男たちの名前が語られる。ステージ上に存在しているのが3人だけだなんて信じられないほど、物語は豊かに紡がれていく。

ユダヤの伝統を重んじ、アラバマの人々のために働いた兄弟たちのビジネスは、次々とその意味合いを変えていった。目の前にあった品物は姿を消し、救いの手を差し伸べた人々は見えなくなった。遂に、彼らは金を生むために金を使わせるという究極の資本主義へと到達する。何かを手に入れるためではなく、消費すること自体を目的に人々が金を使う世界。金とは一体何なのか?幻想にとりつかれた世界はいつしか狂っていったのだ。

時系列に沿ってスピード感を持って進んでいく物語。そこを横断するように繰り返される同じモチーフ。夢、言葉、そしてウォール街で毎日綱渡りをする男……火災や戦争のたびに巨大化していったリーマン一族のビジネスは、一歩足を踏み外せば一瞬で消えてしまう危うさを持っていた。衣裳チェンジすらしないたった3人の役者たちが箱の中で織り成したスペクタクルに、ただただ圧倒されるばかりだった。

また、4人目の出演者である生ピアノの効果といったら!演者の動きに合わせて生き物のように自在に奏でられるピアノの旋律は、どんなセリフよりも饒舌だったかもしれない。完璧な戯曲、完璧な演出、完璧な演技、完璧な演奏。舞台鑑賞の醍醐味がギュウギュウに詰まった大傑作。これを見逃す手はない。(明日で上映終わっちゃうけど!)

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