Oto

あの頃。のOtoのレビュー・感想・評価

あの頃。(2021年製作の映画)
3.5
好きを共有できる幸せ、という点では、今Filmarksを書いてるのも彼らの活動と近いのかもしれない。
大勢で好きなものを共有して騒いだりといういわゆる”オタ活”の経験がないからか共感しきれない部分もあったけど、自分自身もオタク気質で推しに関してはどこまでも掘りたくなるし語りたくなる人だから想像はしやすかった。

バンドもたくさん組んだしスタッフを集めて自主映画もとってきたし、学校でも狭くて深い関係の方が好きだったけど、大人になってから利害関係のない固定のグループで、数年単位で行動を共にするという経験はないし、今後もおそらくしないと思うので、乗り切れない部分があったのかもしれない。
でも、いま自分と仲良くしてくれてる人たちと出会ったきっかけを思い返すと、やっぱり「好き」の共有だったなぁ、行動した過去の自分のおかげなのかもしれないなと少し感傷的になった。

【オタクの脆さと美しさ】
トークライブやコピーバンドをやって辛い現実から解放されるのはすごく素敵なことだと思う一方で、”束の間の幸せ”というか、生産的というよりは消費的な活動であるという脆さをすごく感じてしまう。自分はたぶんもっと実利的で冷淡な人間なので、ザ・オタクの領域に足を踏み込めていないのかもしれないと思った。学生時代もプロになりたくてバンドやってたし、映像も自分の面白さをわかって欲しくて撮ってるけど、これは実際良し悪しがありそうだなぁと思って、興味深いテーマの提示だなぁと感じた。自分が恥をかいてでも布教したい誰かがいるって美しい。

【群像劇の功罪】
群像劇でそれぞれの推しが違ったり、コズミンや西野を含めて各々が丁寧に描かれているということもあると思うのだけど、狂信的な偏愛というよりは、好きなものを共有する喜びにフォーカスが当たっていると感じて、誰かの物語に自分を強く重ねて共感するという、『愛がなんだ』のような没入にまでは至れなかったのはあった。
キャラはみんなすごく魅力的だし、イトウの私物を劔にあげようとするノリとか、握手会に行ったのに緊張して全然話せなかったりとか、新入りの推しを当てられるロビとか、好きなシーンはたくさんあったけれど、LIVEのエモーションに乗り切れなかった。

思っていたより外交的な映画だったというべきか、劔自身がどんな苦悩を抱えていて、あややによってどのように救われているのかという、内面があまり具体的に描かれていないからかもしれない。「本当に好きな対象が世間からは理解されづらい」とか「好きな音楽で認められないことから目を背けてるだけではないか」というのは魅力的な葛藤だと思うのだけど、俺にはベースしかない!あややがすべて!という切実さがあまり見えなかったからか、「まだ自覚できていなかった新しい感情」に出会えたという気持ちよさはなかった。

あややの再現度はすごかったけど本人とは思えなかったり、石川梨華の過去映像と客席の画質の違いだったり、些細な表現がノイズになっていたのもあるかもしれないけれど、それよりは劔個人の出来事が比較的にあっさり目に描かれていて、アンチとの戦いのような団体としての出来事に重点が置かれているのが理由だと思う。隣に座った人との関係性とかライブハウスやスタジオでの葛藤とかもっと見たかったな。

でも一方で、バンド練でキレられて帰ったらCDが置いてあって試しにつけてみたら泣いてしまってショップに買いに行ったら誘われて…という最小限の出来事で、物語の世界に観客を引き込んでしまう演出力はさすがだなぁと思ったし、映画全体を通して観客の笑いの量が多かった。

【笑いの加害性】
不謹慎で下品な内輪ネタもリアルだと感じたけれど、個人的にはむしろサークルや部活で感じていた嫌な感情が掘り起こされたような気がした。一緒になっていじる/いじられるに参戦できるコミュニケーション上手だったらよかったのだけど、飲み会でも大体馴染めずに端っこで大人しくしていたから、そのふざけかたによって誰かが傷つくんじゃないかという怖さに敏感になってしまったのかもしれない、あるいは単純にみんなと仲良くするということに向いていないだけか。笑いってどうしても誰かを傷つけるリスクを孕んでるし、それを受け入れなければ表現なんてできないのだけど。

『こっぴどい猫』が難病モノばかりが作られることへのアンチテーゼとして作られたと聞いて面白い発想だと思ったのを思い出す。今作のコズミンの描き方に関してもそれに近いものというか、お涙頂戴にはしないという意思は感じた。ウェットとドライのバランス感覚。

道重さんのように、あの頃には感謝しながらも自分を更新していったり、恋愛研究会。のように、未来ではなく今を目的として(コンサマトリーと言うらしい)、信頼できる仲間や好きなことが増えたら幸せだなと思いつつ、たぶん自分の内向性はずっと変わらないだろうなとも思うので、出来る範囲で一歩だけ少しずつ外に踏み出したいと思った。
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