Masato

空白のMasatoのレビュー・感想・評価

空白(2021年製作の映画)
4.9

吉田恵輔監督最新作

吉田監督にしては重々しいあらすじで何やら雰囲気が違うなと思ったら、いままでのエネルギッシュで笑っちゃうような作品ばかり作っていたのとは一転、答えのない苦しみ、終わらない悪夢をつぶさに描き出した超ハードな物語だった。

見終わってみて、どう言い表していいかわからなくて動揺してしまった。感想が言い表せない映画ほど良い映画とはよく言うが、まさにそれである。複雑に入り乱れた感情。どうあがいても苦しみは消え去らない。純粋なヒールなどいるわけもなく、みんながみんな人間そのものである。一人の少女の死を皮切りに、歯車のずれ合った周りの人間たちが無駄に苦しみあってしまい、抜け出せない溝に落ちてしまうこの哀しさとやりきれなさが辛かった。

本作を見て思い出した映画が二つある。
一つ目は「判決、ふたつの希望」である。それはレバノンの話で、最初は二人の些細な喧嘩なはずが、人種・宗教・社会情勢を背景に本質とはずれ始め、最終的に国家を巻き込む裁判にまで発展してしまうという話だが、奥底には、相手をよく理解することや、人種・宗教・加害者、ステレオタイプな判断で相手を表面しか理解せずに争うことの無意味さを描いていた。

そして二つ目は「砂と霧の家」。アメリカのある一軒家が政府の手違いで競売にかけられてしまい、そこにイラクから亡命してきた家族が移住してくる。元々住んでいた家族と亡命してきた家族が家を求めて無意味に争ってしまうという話だ。これは悪い人とも良い人とも言えない二分法では分類できないリアルな人間たちが、どちらも決して悪くないのに争ってしまうこと。そして、些細なことが凄惨な出来事を引き起こしてしまうことの不条理さを描いていて、本作と非常に似たような感覚の映画だった。

どちらにしても、歯車が狂ったように人間同士の主張が嚙み合わないまま、事は進んで深みにはまっていってしまうこと。故に、延々と「どうすればいいのか、よかったのか」とやりきれなさしかなくて苦しみしか残らない地獄になる。それが日常のどこにでも存在するということを物語っていた。

本作も、きっかけこそ万引き、追いかける、交通事故と大きい出来事ではあるが、父親とスーパーの店長の主張が嚙み合わずに、そこに面倒なメディアが横やりを入れてきて徐々にお互いの心情(精神)に凄惨な傷を残していく。物語上大きくならずに、こうしてキャラの精神を徐々にすり減らしていくように作ったのは実に日本映画らしい。

ともあれ、一番に怒りがこみあげてくるのは悪意のある切り取りや編集で意図を捻じ曲げてしまったり、しまいには取り繕ってしまう悪質なメディアだろう。本作で描かれるような大胆な捏造はあまり現実には起こってはいないが、それと似たようなことは日常茶飯事であることは間違いない。大半のメディアは物事を単純化、矮小化させてPVを稼いだり、煽ったりする。ジャーナリズムのあるメディアは日本では絶滅危惧種だ。

「万引き家族」でも思ったが、ニュースなどで語られた出来事と実際にそこにあった真実は大きく乖離している。当時公開日と同日にニュースで「福岡で万引きをして生計を立てていた4人家族が逮捕」というのが出ていて、ただその情報だけだと「悪」としか捉えられない。しかし、万引き家族のような背景があると考えると果たして・・・?と疑問を持ったことがある。

我々がもし「スーパーの店長が万引きをしていた女子中学生を追いかけ、逃走の末交通事故に遭い死亡」というニュースが流れてきたらどう思うか。本作をみて変わるだろう。それぞれがどんな思いでいるのか。どんな背景があるのか。それを想像しなければならない。

また、上述したように、相手を突き放すだけでなく、理解しようとするということの大切さ。確かに人ひとりの命が消えては理性など効かなくなるのは仕方ない。それでも、アイツが悪いとそれまでで思考を停止してはいけないということ。そうするとどちらにも良くないことが待っている。

それでも、本作が最後に描くものにはとても温かみがあった。どんなに苦しくて何事にも絶望と虚無しか感じなくても、この世界のどこかには光がある。そして、いつかには光がやってくるということ。必ずしもそうというわけではないが、でも心に余裕を持つ気持ちは必ず必要だと感じた。そんな、地の底から見えた光に、私は思わず号泣した。ずるい。


映画に関して、登場人物すべて性格というか、心情が異なるというのが良かった。本作の出来事に関わる全員が全員違うので、見ている人がそれぞれに「自分ならこうなる」というような気持ちを持つと思う。さらに、時たま重なるキャラ同士の心情。そのタイミングも素晴らしく、人間同士のやりとりが主な「犬猿」を彷彿とさせた。やはり上手い。

そして、地味ながら、火の玉ストレートのような重苦しい展開が次々とやってきて飽きさせない演出とテリング技術の凄さ。これにはいままでやってきた監督の「怒涛の展開」が表れていた。そして、古田新太のキャラがリアルながら刺激剤になる絶妙なバランス。これはすごかった。

このような話を108分という長尺でないランニングタイムで描けてしまうことの無駄のなさ。もうこれは完璧。


キャストについて、孤狼の血 LEVEL2に引き続いて松坂桃李は圧巻の演技。荒々しくなった日岡に対して、こちらは無愛想で真面目で細々と生きているような男。立ち振る舞いや言動、声の震え方などが超リアル。徐々に神経をすり減らしていって、壊れていく演技が見事すぎて度々泣いた箇所がある。終盤あたりなんかもう涙ボロボロだった。ちょっと演技凄すぎる。

対して古田新太。私にはゲテモノ映画「台風一家」の印象しかなくなってしまっているが(どうでもいい)、この常時キレ気味で亭主関白、DV男感のある強烈な始まりから、徐々に人間的な側面も見せていくあたりの見せ方の上手さ。桃李に対して粗いキャラ故に粗い演技にはなるが、そこがコントラストでものすごくよかった。

今年見た中でも最高の映画。ベスト10は確実だろう。素晴らしかった。やってくれた吉田恵輔。やっぱり彼は裏切らない。


またヤフー映画の方 文字制限で推敲しなきゃなくなったー
2000文字制限はキツイよー

雑記…
・担任が失ってから気付くとき、他の教師が「今更理解者ぶるのはズルい」って言うのがムカついたな。確かに被害者はそう思うかもしれないし、思われても仕方ないけど、お前みたいな第三者が言うことではない。逆に気づけただけでも偉い。気付くのに今更なんて無い。みんな時間はかかる。そうして隠蔽しか考えない、生徒の家庭のことを含めて考えない教師は辞めろ。

・娘さんはイジメられていなかったと思う。学校という集団生活の中の孤独はイジメと同じくらいに苦しい。存在していないような感覚。これが続くと自分の生きる意味に疑問を持ってしまう。それでいて家庭のほうで幸せでなければもう終わり。あそこまで孤独ではなかったけど物凄い分かる。ともあれ、なにか大きな出来事というわけでなく、小さな状況が日々蓄積していって疲弊して限界になった感じがする。

・寺島しのぶの世話焼きモンスター日下部さんの仲間、おデブな女性が物凄い良かったな。なんというか心の弱さが似ているというか。自分はああいう失敗や我慢をする苦しみを避け続けてきて社交不安になってしまった。担任の先生が言うように、生まれつき頑張ってもそうには見えなくて報われない人っている。そして、娘さんや中山さんみたいにどうしても強くなれなくて心が弱い人だっている。自分も同じだからわかる。それでも強くなろうとしつづけた中山さんが私はものすごく勇ましく見えた。

・上の2つから。家庭内では普通の人でも、一歩社会という枠組みに出たらダメな人っている。だから、親は家では普通の子だから学校でも職場でも同じだとは思わないでほしい。あれは家族だから平気なだけ。家という環境だから自分らしくいられるだけ。人間って単純じゃない。色んな側面があって、環境によってその側面が変わる・変わらざるを得なくなる。
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