えいがうるふ

空白のえいがうるふのレビュー・感想・評価

空白(2021年製作の映画)
4.8
冒頭の容赦ない事故シーンに呆然。PTSDになりかねないので万人にはお勧めしにくいが、映像表現としては吐き気がするほど秀逸だと思った。その後の展開がもうどこまでもひたすら地獄なんだけれども、それぞれその果てで本当にささやかな救いの芽が描かれていて、結果的に「それでも、生きろ」というメッセージが伝わってくるのがなんとも心憎い。こんなん泣くしかない。
なかでも登場人物の中で一番自分に近い、というか明日は我が身と思えてひたすら胸が苦しかったのが、避けられぬ事故で加害者となってしまった女性、そしてその母親。被害者の父と加害者の母が対峙するシーンはこの映画の一つのクライマックスと言っていいと思う。思わず息を呑んで祈るように見守ってしまったそのシーンには、遺された者がそれぞれの喪失を乗り越える道標となるような、悲しみの果ての灯火が描かれていた。

とにかくキャスティングが神がかっていた。全員はまり役過ぎてスゴイ。もちろん演技もヒリヒリ。脚本も素晴らしく、刺さる台詞の数々に心をえぐられる思い。こんな作品に出演できるなら演者としても役者冥利に尽きるのではなかろうか。なかでも個人的にmvpは、鳥肌が立つほど不快な人物を見事演じきった寺島しのぶに差し上げたい。

作品全体の出来としては満点献上したいぐらいだが、唯一、花音の境遇がただただ悲惨なだけで救いがなかったことがどうしても引っかかる。なぜ母親はあんな男の元に娘を残して出ていったのだろうか。そのくせ中途半端に娘に関わり続け、理解者のように振る舞っていたのだろうか。この作品にはそういったあえて描かれていない「空白」がいくつかある。それをどう解釈するかでこの作品の評価も分かれるのかもしれない。
もやもやが残る映画は嫌いではないが、この作品の場合、その空白のいくつかのせいで自分にとってはどこか飲み下しにくい舌触りが残った。その点、明らかに病んでいる登場人物がその境遇に至った心の闇が最後には明かされそれまでの溜まりに溜まったフラストレーションが一気に昇華された「愛しのアイリーン」の伏線回収は実に見事だったと思う。というわけであっちを満点に変更して自分の中で評点バランスをとった次第。