えいがうるふ

EO イーオーのえいがうるふのレビュー・感想・評価

EO イーオー(2022年製作の映画)
4.8
長らく自分が一番好きな動物は狼だったが、近年その順位を揺るがしているのがロバである。いや、揺るがしているどころかもうぶっちぎりのトップかもしれない。なにしろ「イニシェリン島の精霊」のジェニーに出会って以来、人生何度目かの個人的ロバブームが来ており、冷める気配がない。

そんなロバ好きの私にとってこの映画はきっと必ずしもハッピーな内容ではないだろうことは想像していた。だからこそ、スクリーンで観ることに少し躊躇がありぐずぐずしていたのだが、やはり後で観とけばよかったと後悔するかもと滑り込みで有楽町へ向かったのだった。

映画は終始、物言わぬロバ視点(時にはロバ的俯瞰)で話が進んでいく。その目に映る人間の所業は騒々しく滑稽で意味不明で愚かで理不尽だ。それでも、EOは常に穏やかに、切ないほどのやさしさと諦観とをたたえた瞳で見つめ、自分を取り巻く世界の狂騒を静かに受け入れる。

映像表現に定評のある監督らしく、映像美としてとても印象的なシーンがいくつもあった。
オープニングからして強い赤い光の点滅が続くというシンプルながら刺激の強い手法で面食らった。その後も作中で何度か画面全体が真っ赤になるシーンがあり、そのいずれもがEOの心中のいい知れない不安と恐怖を示唆するかのようで胸が締め付けられた。
さらに、ボストン・ダイナミクス社のロボット犬Spotが現れる悪夢のようなシーンや、照準レーザーが交差する森で逃げ惑うEOの荒い鼻息だけが聴こえるシーン、突如現れた石畳の回廊を一人でとことこと進むシーンなど、幻想的な表現ではあるが総じてロバの可愛さを愛でると言うより為すすべもなく追い詰められていくEOと共にハラハラするような不穏な展開が続く。
そんな中、一番絵的に好きなシーンはパンフレットの表紙にも使われている、ダムの前を横切る橋の上でその激しい放流の水音をものともせず静かに佇むEOを捉えたショット。止めようもない水の流れにただ黙って身を任せるしか無いEOの身の上を象徴するようで壮絶に美しかった。

あくまでもロバであるEO視点が主である以上、登場する人間たちのドラマはいずれも断片的で、それぞれのエピソードの前後は観る者の想像に任されている。が、その切り取り方が鮮烈と言うか容赦ない。無垢なロバの目から見れば恐ろしいほど意味不明でやっかいで危険な存在に思えることだろう。

かくして、無力なロバの運命は身勝手な人間たちに翻弄されていく。サーカスで見世物にされていたかと思えば政治的プロパガンダに利用され、行く先々で便利に扱われ、時には昂ぶった感情のはけ口とされる。やさしく慈しんでくれる人間も中にはいても、その思い出はいつも儚い。
そして、冒頭で動物愛護団体の偽善的活動によって居場所を奪われたEOが、長い旅路の果てに辿り着く先は・・・(涙)という辛辣すぎる皮肉。

総じて、無垢で無力な動物の象徴としてのロバとエゴの塊である人間たちとの対比を鮮烈に描いた作品であり、話が進むほどに和むどころか心が痛くなってくるので、ただ可愛いロバを愛でてホンワカ癒やされたい・・なんて人にはオススメし難い。
私自身、エンドロールの動物たちへの愛と配慮を感じる一文にかろうじて心が救われた。

それでもやはり、スクリーンで観て良かった。
ブレッソンのバルタザールは小さい頃に観たおぼろげな記憶しかないのだが、機会あればそちらもやはりスクリーンで改めてちゃんと観たい。

なお今回も完全に出遅れたので、終映間近のヒューマントラストシネマ有楽町ではSNSでも話題になっていたロバクッキーは既に売り切れていた。うう。
こうなったらもう尾道のロバ牧場へ行くしかない。