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タミー・フェイの瞳のmaverickのレビュー・感想・評価

タミー・フェイの瞳(2021年製作の映画)
4.6
2021年のアメリカ映画。主演はジェシカ・チャステインとアンドリュー・ガーフィールド。1970年代から80年代にかけてアメリカで大きな成功を収めたテレビ伝道師タミー・フェイとジム・ベイカー夫妻の波乱万丈の人生を描いた物語。


ジェシカ・チャステインの演技は圧巻。彼女は本作でアカデミー賞主演女優賞を受賞したが、それも納得である。特殊メイクで外見を変化させただけでなく、キャラクターの繊細な心の揺れ動きを完璧なまでに表現している。タミー・フェイという女性は見た目の奇抜さとスキャンダル性とから格好のゴシップ対象だったようだが、本作を観れば彼女の内なる苦しみや悲しみがひしひしと伝わってくる。彼女も普通の一人の女性だったのだと。彼女の心に寄り添い、理解し、全力でそれを表現したジェシカ・チャステインに感嘆する。人形劇での変幻自在の声色と、パワフルで美声な歌唱力にも驚く。これでアカデミー賞を獲れなきゃ誰が獲るというレベル。ジェシカ・チャステインという女優の凄さを改めて認識させられた。

二人の栄光と挫折を追う物語。テレビ伝道師として成功してゆく一方ですれ違ってゆく二人が物悲しい。『PTLクラブ』というテレビ番組は人々を熱狂させたが、それだけの人の心を掴んだ理由も分かる。現世では慎ましく生きることが正しいとされていた認識を変えた人であったからだ。豊かに生きること、自分に正直に生きること、その何が悪いのだと。その考えは多くの人の賛同を得た。だがそれに溺れてしまうことは身の破滅にも繋がる。事実、二人は破滅の道へと足を踏み入れ、そこから一気に転げ落ちてゆく。タミーとジムは、文字通り聖書の教えを人々に体現してみせたのだ。二人の生き様は何とも人間らしい。伝道師として素晴らしい言葉を説く一方で、男と女としての当たり前の幸せを維持することも出来ない。それはタミーの母親も同様で、伝道師でありながら娘に愛情を注ぐこともしてやれなかった。人は完璧ではない。弱く脆い生き物だ。だからこそ信仰にすがり、神の教えを求める。伝道師は神ではない、人間だ。本作からそれがはっきりと分かる。他の伝道師も胡散臭くて笑ってしまうほどだ。我々は全員が迷える子羊。それを認識した上で、ではどう生きるべきか。それを教えてくれる学びがある話である。

夫であるジムを演じたアンドリュー・ガーフィールドの演技も素晴らしく、役に憑依していると言っても過言でない熱演である。このジムという男はビジネスに傾倒し失敗する典型的な破滅型の人間。妻を見ようともしない最低の男なのだが、彼の立場から物事を見ればそれも理解出来る気がする。タミーが彼をそうさせた部分もあるからだ。もちろんお互い様ではあり、すれ違いが原因である。なぜ信者と接する時のように、相手を理解しようとしなかったのか。相手が近い存在だとそれも難しいのだなと思わせられる。母と娘の確執もそう。母を演じたチェリー・ジョーンズの演技も見事。この母親だったからタミーは愛情に飢えてしまった。それをジムにぶつけてしまったのだなと。でも母は愛情がなかったわけではない。ただ不器用なだけだったと感じさせるエピソードがあり涙を誘う。チェリー・ジョーンズの抑えた演技が光る。役者の上質な演技に魅了される人間ドラマでもあり、それが何とも魅力的。ヴィンセント・ドノフリオの存在感も素晴らしい。


当時を知る人からすれば、この二人は世間を騒がせた詐欺師のテレビ伝道師という存在でしかないだろう。だが人間性を掘り下げてゆくと真相が見えてくる。ジェシカ・チャステインは、タミー・フェイのドキュメンタリーに感化されたらしい。一部分だけを見て人や物事を判断することはとても浅いこと。彼女はインタビューでそのように答えている。タミーの人生を思うと悲しくて涙が溢れて来た。美しいラストが感動を倍増させる。素晴らしい作品だった。
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