ブルームーン男爵

スパイの妻のブルームーン男爵のレビュー・感想・評価

スパイの妻(2020年製作の映画)
4.0
ヴェネツィア映画祭銀獅子賞受賞作。太平洋戦争目前の神戸を舞台にしたサスペンス映画。メリハリあるストーリーにすっかり見入ってしまってしまった。なんとなく演技が演劇風で、生活感やリアリティがなくていかにもセットという感じなのも演劇っぽい。拷問シーン等は、苦手な人は苦手だろうが(韓国映画に比べればお遊び程度の描写だが)、一応は娯楽作品として仕上げられている。

主要キャラクターを演じた蒼井優・東出昌大・高橋一生の演技は、みんないい。それぞれ、自分のため、国家のため、より大きく世界のため、各自の目的のために動いている。それぞれ信義があるが誰もが自己の目的のために犠牲を厭わないエゴイスト。

蒼井優が演じる聡子はどこか非日常を欲し、高橋一生演じる優作がそうじゃないと否定しても、”スパイの妻”を演じたがる。聡子はスパイの意味も分かっておらず、ただスパイという「記号」から感じる非日常に浸りたいだけだ。最愛の夫とずっと一緒にいたいというロマンスと、スパイの妻というスリルを味わいたいという軽いノリを持つ聡子は、非日常に憧れる大衆の暗喩であろう。結局、日本は敗戦し、結果論としては勝ったのは優作ということになるのだろう。しかし、大義あったはずの米国参戦だが、米国が行ったのが国際法違反の市民への無差別空爆というから、皮肉な話だ。

本作がヨーロッパの映画祭ヴェネツィア映画祭で受け入れられたのは理解できる。ベースが満州でおこなったとされる日本の戦争犯罪だからだ(連合国側の捏造説も根強い)。こうした戦後レジームの確認的な視座にたつ邦人作品は、欧米では評価されやすい。

そんな野暮なことはおいて、それにしてもシリアスな土台によりたつ本作が、ほどよくロマンスもあるサスペンス的な娯楽作品に仕上がっているのが、先の大戦や全体主義体制を過去のものとして扱う現代消費社会への痛烈な皮肉にもなっているように感じられなくもない。さすがにこれは深読みし過ぎだろうか。