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ノマドランドのiroのレビュー・感想・評価

ノマドランド(2020年製作の映画)
4.0
この作品が描くのは、人間の尊厳が放つ輝きである。

ある企業城下町。工場の閉鎖により、住む街や家を失い、仕事を失い、そして夫を病気で亡くした女性。彼女は、一台のキャンピングカーと共に生きることを決める。

偶然に出会った、代用教員をしていた頃の生徒に語った言葉が彼女の想いを表している。私はホームレスではなくて、〝ハウスレス〟だと。心が戻るべきところはある。彼女は思い出をたっぷりと詰めこんだ車と共に、生きる決意をしたのだ。

季節ごとに各地を渡り歩き、期間労働者として彼女は生きていく。Amazonの工場、石屋、フードコートのようなレストラン。

初老の女性が一人と、オンボロの車。ただ不思議と、悲壮感は無い。限られた中で生活を楽しみ、同じ境遇の放浪者(ノマド)仲間達と触れ合う。曇天を思わせるような陰影に包まれた映像に反して、物語全体に流れるのはむしろ乾いた明るさである。

この作品は、心の充足を最優先に選択した女性の物語である。彼女の状況は確かに厳しいが、しかし帰ろうと思えば、実は身の寄せどころがあることも後に分かる。

ただしかし、彼女は自分の足で立っていたいのだ。今まで人生で積み上げてきたものをしっかりと抱えながら、己の足で道を歩んでいきたいのだ。必要なのは物質ではなく、精神的な充足である。

人間の不思議な力強さ、生命力を感じさせてくれるロードムービーである。このような人生の切り直し方も世の中にはあると教えてくれる後味は、決して悪くはない。
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