1995年のアイルランドに住む、高校生の二人が主人公。二人は同性愛者で、現在よりも性の多様性に閉鎖的な学校生活で生きるため偽装カップルを演じるようになる、という青春ヒューマンドラマ。
1995年という時代、アイルランド、性への興味やアイデンティティへの認識、社会との摩擦や葛藤、進路と人物、時代、場所がリアルに描かれながらもコメディ要素がありとても見やすい。加えて私は1990年代のイギリス・アイルランドに強い関心を持っているため非常に興味深い作品だった。
以下ネタバレ感想を。
まずこの作品は人物像がとても良い。主人公家族や癖の強い不良同級生は言わずもがな。何といっても主人公二人がそれぞれ、エディの「自己の性への不確かな認識と、それを抑えようとする葛藤や普通でいようとする様子」とアンバーの「自己の性を認識しどう生きるか」という共有点と摩擦、更に「入隊することが正しいと信じる」エディと「街を出て新しい街に出ようとする」アンバー、と将来への考え方も二人は似ているようで対比的に描かれる。
これに加えて、思春期の「素直になれない自分」も描かれ（アンバーが母親に口答えし後悔するシーンなど）、思春期の入り混じった様々な姿が映し出されている点がとても良かった。
私はこういった主人公の考えや行動で動いていく物語、がとても好きだ。現実も何が起こるかわからない、ただ動いて時間が動いていく、そのリアルさと重なるからである。
十分魅力的な主人公だけでも見応えがあったのだが、私個人としては1995年のアイルランドという点がとても興味深かった。私の好きな90年代のイギリスのポップカルチャーであるブリットポップが随所に表れていたからである。
今作の前半に出てくる「オアシス」と「ブラー」は、当時対立しお互いライバル視する世界的なイギリスのバンドのことである。オアシスはマンチェスターの労働者階級出身、ブラーはロンドンの中産階級出身。オアシスはセックスピストルズやビートルズなど直系のギターロック、ブラーはキンクスやデビッドボウイなどポップロックを当時演奏していた。
映画の舞台である1995年という年はこの二大バンドの人気と対立の絶頂期で、両バンドが同日にシングルをリリースしBBCニュースで報じられるほどの時代（映画『リブ・フォーエバー』という音楽ドキュメントではその時代を詳しく取り上げている）。
作中でも学生たちが「オアシスだ」「ブラーだ」と喧嘩していたり、冒頭にてエディがキスをされる時「ブラーの誰かに似てる」という台詞（多分ブラーのベースのアレックスのことだと思う）、二人の初デートの映画後のレストランにて「オアシスはパンクじゃない」というアンバーの台詞などでこのブリットポップが描かれていた。
また音楽で言えば、二人が距離を置く場面で学校でコーラスをする場面がある。この時学生たちが歌う曲はアイルランドのダブリン出身の世界的バンド、U2の"All I Want Is You"。距離の離れた二人のシーンで「君が全部だ」というこの選曲には胸がたかぶった（尚、興味のある方はU2が2001年に地元ダブリンのスレーン・キャッスルで行った"All I Want Is You"を聴いてみてください。次曲への繋がりも含めてファンの間では伝説的なライブと言われています）。
またアイルランドはカトリックの国のため離婚合法化のシーンや広大な緑のあるシーン、またエディが彼女と行く海岸は世界遺産にもなっているジャイアンツ・コーズウェイにも見えた。
私はこうしたアイルランドという土地、カルチャーなどの文化面など自分の興味のあるところも随所に出てきていることから、先の人物だけに留まらずとても見入ることができた。
結末では、自分はロンドンで新しい自分として生きるつもりだったアンバーが地元で同性愛者として生きる出来事を経験し、自分を殺して生きようとするエディの背中を押し自分らしく生きることを促していたのだと思う。いい終わり方だと思ったが、終盤が駆け足気味に感じとても勿体無く思った。
青春時代の葛藤という意味では『バービー』『わたしの若草物語』などのグレタ・ガーヴィグ監督の『レディ・バード』を想起させ、悪いことや性への興味、進路、盲目的な信仰、過ち、親とのいざこざなどずっと目が離せなかった。
尚、男性の私は学生時分より下ネタも好きではなく、セックスや性に盛り上がっている周りの男子とは距離感がある。愛には関心があるが一般的な男子よりも性に強い興味はない。
そういった性格のため、映画で周りの男女がセックスだなんだと言っている時に主人公二人が冷めているシーンでは「わかるー」と思いながら見ていた。映画ではこうしたシーンは初めて見た気がする。
