矢嶋

林檎とポラロイドの矢嶋のネタバレレビュー・内容・結末

林檎とポラロイド(2020年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

全体を通して、落ち着いた好ましい雰囲気の中にしっとりした物悲しさが漂う。

普通に見ていても、犬の名前を覚えていること、つい自宅の番地を答えてしまうこと、時間を数え間違える女に戸惑うこと…等、本当は記憶を失っていないことに気付く。問題はそう振る舞う理由で、ここが分からないと働かずに楽して暮らしたいから嘘をついたともとれてしまう。ラジオでこういうプログラムがあることは聞いているんだからね。
リンゴを食べると記憶力がよくなると聞いた瞬間に食べるのをやめることから、彼はふりをしたいのではなく、本当に記憶をなくしたいと思っていることが分かる。終盤、妻を亡くしたことを忘れてしまいたかったのだと分かり、切ない気分になる。それを前提に思い返すと、彼は女性と関係を深めるような課題には消極的だったと気付く。

更に面白いのが、プログラムを実施する側も実は分かってやっている可能性がある点。でないと、わざと事故を起こすなんてリスキーなことを記憶ない人にやらせるとは思えない。実際にやったかどうかの確認も大雑把で、治療目的ならちゃんと誤魔化せない方法にするべきだ。
大体、記憶喪失なんて症状を絶対に治らないと断定するのもおかしい。すなわち、元々そんな症状はないから、本人の気持ちが変わらない限り解決しないということなのではないか。
そう考えると、他の患者達も同じような事情ではないかという疑念が湧き、このプログラムの目的も記憶を取り戻すことではなく、心を再生させることにあるのではないか…と思えて来る。

こうした内容を、言葉で説明せず、表情にも表さず、淡々と示す手法が好ましかった。

本作は指示をテープに録音し、ポラロイドカメラで撮影した写真をアルバムに貼る…と徹底してアナログな手法がとられる。
これらはデジタルと異なり、独特の手触りや質感がある。そしてそれ以上に、そうしたものは時間の経過と共に劣化していくのだ。
矢嶋

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