亘

アンコントロールの亘のレビュー・感想・評価

アンコントロール(2020年製作の映画)
3.5
【弱き者たちの怒り】
コペンハーゲン郊外。イェンスはベテラン警官マイクと巡回にあたり移民の多く暮らすゲットー(デンマーク政府が指定する低所得者や移民向けの団地・アパートの呼称)を訪れる。折しもとあるアラブ系住民への警察の暴行事件で住民の不満が高まる中。傲慢なマイクの取り調べをきっかけに住民の怒りは最高潮に達し、町は無秩序に陥る。

『デンマークの息子』同様にデンマーク国内での移民を扱った作品。移民の多く暮らす地域での警察の権威主義的姿勢とそれに対する住民の反乱という構図では2020年公開の『レ・ミゼラブル』に似ているが、本作ではアラブ系住民ターレブへの警察の暴行や住民が経験した差別も描かれ、Black Live Matter的な要素もある。特に冒頭描かれるターレブの「息ができない」という描写は、アメリカでの警察による黒人暴行死に重なるところもある。

本作のスヴァルゴールデンはコペンハーゲン郊外のゲットーの設定。ゲットーとはホロコーストの収容所ではなく、デンマーク政府が指定した低所得者・移民・失業者向けの団地・アパートのこと。移民の失業率の高さや教育水準の低さ、デンマーク社会への不適応などを受け、政府がゲットーを指定することで警備を手厚くしたり教育機会を与えようとしたりして治安の改善を図っている。特に本作のスヴァルゴールデンのモデルとなったのはデンマーク第2の都市オーフスにあるGellerupという最貧困のゲットー。だからこそ作中の警察からも一目置かれたゲットーとされていたのだろう。

本作のゲットーの住民たちは何に怒っているのか言えば、自分たちを押さえつける警察の圧力と何より社会の移民への差別だろう。それを表しているのが偏見を持つマイクなのだ。警察官であることを誇って傲慢にふるまい、移民への強い偏見を持っている。だからこそ本作では、警察というだけで住民の標的となったり、優しい移民に助けられるというマイクの価値観に反する事象が起こるのだろう。そして住民たちの話からはこれまで受けた差別や日頃の不満が聞かれる。特にアモスは優秀なサッカー少年だったのに差別から無実の罪でサッカーを辞めてしまった。やはり本作の主眼は『レ・ミゼラブル』よりも差別に向けられているように思う。

警察官イェンスはある日熱血ベテラン警官マイクと共に巡回する中で、郊外のスヴァルゴールデンへと入る。移民に対する強い偏見を持つマイクは傲慢な立ち振る舞いで、ゲットー内の住民や若者たちにも厳しい視線を向けていた。一方そのころ彼らの警察署では、嫌疑不十分のまま逮捕され移民の少年ターリブへの警察の暴行が問題となり、ゲットー住民から警察への視線も冷たくなっていた。そんな状況下マイクが少年アモスに目をつける。彼はアモスを逮捕するが、少年たちの反撃にあい、さらにターリブの訃報が入ると住民たちの怒りは頂点に達する。

そこから先はひたすらにアクションシーンが続く。迷路のようなゲットーの中でイェンスとマイクはアモスを連れながら逃げまどい、一方住民たちは投石や発砲をする。ゲットーがまるで小さな戦場のようになる。さらに警察というだけで応援の隊員も襲われ、まさに警察vs住民のような戦いが起こる。

ここで見どころなのが、善い住民たちに会うことでマイクが変わりつつも、どんどんと収拾がつかなくなってしまうこと。移民への偏見を強く持っているマイクはアモスを信用しているイェンスとの対立して殴り合い、マイクは満身創痍で逃げる羽目になる。そこで看護師でアモスの母アビアに手当てをしてもらう。アビアの献身性やアモスの過去に触れマイクの心境にも変化が訪れてもとあるきっかけで再び警察として逃げる羽目になるし、さらには住民たちに向かってマシンガン乱射までしてしまう。その後正義感の強い少年イザに出会って共に逃げると今度はイェンスの手違いでイザを撃ってしまう。

ただ、このときイザの死を悲しむマイクの姿は印象的。それまで移民=犯罪者として見てきたようなマイクがアビア・イザとの出会いから考え方を変えているのがよくわかる。とはいえ、うろたえるイェンスに隠ぺいを進める様子は冷静沈着ではあるものの根が変わっていないことを示しているように思う。

しかしイェンスは観念したのか終盤足を止め、マイクは1人ぼろぼろの姿で夜明けに警官たちの前に姿を表す。このシーンはどういうことなのか。一見マイクは助かったようだけど、ぼろぼろのマイクとピシッと制服を着た警官たちの姿は対称的で、マイクに処分が与えられることを表しているのかもしれないし、傲慢なマイクがひどい目に遭ったことで変わったことを表しているのかもしれない。ただ必死に逃げるマイクはイェンスが後ろにいないことに気づいていないような気がして、この後自分の独りよがりや傲慢を嘆くような気がした。

印象に残ったシーン:イェンスとアモスが笑いあうシーン。マイクがイザの死を悼むシーン。ラストシーン。
亘