開明獣

靴ひものロンドの開明獣のレビュー・感想・評価

靴ひものロンド(2020年製作の映画)
5.0
身勝手で女遊びがやめられない男と、所有欲の強い神経症の女が結婚したら、どうなるか?最悪の組み合わせに見えるカップルと、その子供の姉と弟の波乱に満ちたファミリー・サーガ。

一家はナポリに居を構えているが、男は仕事のためにローマに出向いている。そこで愛人を作った男。妻は激怒し、結局、一旦は離婚となるが、最終的に男は妻の元へ戻っていく。

時が経ち二人は老夫婦となり、子供達も40代となったある日、事件は起こる。

上記は物凄く端折った粗筋なのだが、これでも喋り過ぎかもしれない。本作は事前情報は極力少なくして観るべきだと思う。これは鑑賞者の置かれた状況によって、多様に捉えることが出来るからだと思うからに他ならない。但し、鑑賞後の印象は必ずしも心地よいものではない可能性が大きい。だからといって、昨今流行りの薄っぺらなバッドテイスト系でもない。

原作があると知り、劇場で観賞後に書店で探して購入。作者のドメニコ・スタルノーネは、別の著書で、イタリア最高の文学賞、ストレーガ賞を受賞していたが、もう80歳に近い作家で新進気鋭の若手ではないことにまず驚いた。

もっと驚いたのは、この本に感銘を受けて英訳を担当し、大々的に取り上げてNYタイムズのベストセラーにしたのは、なんとあの、ジュンパ・ラヒリだったこと。ラヒリは「停電の夜」や「その名にちなんで」の著書で知られる、インド系アメリカ人の女流作家。近年、ローマに移り住んで、イタリア語で著作を発表したことは知っていたので、イタリアの作家を紹介することにはなんの驚きもなかったが、ある種のアンチ・フェミニズム的な表現もある本作を、女性であるラヒリが取り上げたというのが興味深い。

ラヒリがこの書を取り上げた理由は、マスキュリズムやフェミニズムと言ったところを超えて、家族の繋がりの中には必ずしも通り一編の綺麗事ばかりではないことを、イデオロギーを超越した普遍性を持って描いているからだと推察する。本作の登場人物の誰にも感情移入し難くても、どこか自分達の生活の中に類似性も見出せる複雑な構造であることが、この作品の文芸的な価値を高めているのではないかと思う。

人間の本質をただ単に露悪的にではなく、透徹した目を持って、とある可能性としての実態を認識しようと試みている本作に救済はない。靴ひもは靴という大事な器具を身体に固定するが、それは一方で、自分の身体の一部ではないものを縛り付けることにもなる。靴が家族のメタファーならば、救済はなくても、時に解き放ち、時に縛りゆくことで、関係性を保つことは可能なのかもしれない。
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