ひでやん

ドライブ・マイ・カーのひでやんのレビュー・感想・評価

ドライブ・マイ・カー(2021年製作の映画)
3.8
至る所に散りばめられた暗喩。

「僕は正しく傷つくべきだった」という家福の言葉が心に残った。自分を真っ直ぐ見つめ、受け容れる事で正しく傷つく。緑内障で視野が狭くなる片眼は、家福が続けた「見ないふり」のメタファーに感じた。「もう一方の目が視力を補完してしまうので日常生活に支障がなく、病気の進行に気付きにくい」と言う医者の言葉は夫婦関係そのものだ。

様々な対話の壁が描かれる今作。セックスでひとつになっても、その最中に語られる物語を共有しても、同じ日本語でも伝えられない本音。日本語→韓国語→手話→日本語で成り立つ対話。台詞が終わった合図に机をトンと叩く多言語演劇の読み合わせ。カセットテープの声と家福。車という空間にある沈黙。感情を制御できない高槻と感情を抑制した家福。

風の抜けるごみ焼却施設は、平和記念公園と原爆ドームを結ぶ”平和の軸線”をふさがないよう設計されたという。しかし人の心と心を結ぶ理解の軸線には壁ばかりだ。死者を想って生者は後悔し、自己を見つめて他者を知る。演劇や長いドライブを通して家福は喪失から再生へ。静かに丁寧にその機微が描かれていた。

村上春樹の世界観を見事に映像化したなと思う。正直言って、現実離れした言い回しや洒落た演出がちょっとだけ鼻につく感じだった。メッセージは深いね。
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