あっきー

浜の朝日の嘘つきどもとのあっきーのレビュー・感想・評価

浜の朝日の嘘つきどもと(2021年製作の映画)
4.4
笑いと悲しみの感情が同時に湧き、笑ってるとも泣いてるとも言えるような状態で体を震わせながら涙を流す。こんな揺さぶり方をしてくる映画はなかなか出会えない。鑑賞済みの方は、どの場面のことか分かるはず。

コロナの影響で各地の映画館が苦境に立たされている中で、制作された本作。映画館についてのドラマかなと思いきや、それ以上に家族やコミュニティの在り方、仕事や好きな事との折り合いの付け方、社会の多様性や変化についての映画だった。いくつにも重なったテーマを自然に物語に落とし込む見事な脚本。

演者も素晴らしくて、中でも高畑充希の芝居に驚いた。主役としての魅力に溢れながら、台詞を言っている感がない。言葉に詰まったり、言い淀んだりする。周りの人物や状況に対してリアクションに徹している。偉そうなことは言えないけど、日本の若手俳優でなかなか見れない素晴らしい演技だった。

福島を舞台にしているため、もちろん震災の被害により変わってしまったということが根底にある。でもそれを描きすぎず、"今"に目を向けているのが正しい手法だなと思った。語られずとも、人物や町の背景には震災の影が十分に感じられるからだ。

また本作は映画にそこまで詳しくないと言う人も置いてきぼりにしない。舞台となっている名画座でかかる作品タイトルを聞くだけで映画ファンにとってはたまらないが、同時上映の作品で「この組み合わせはないだろ〜」みたいな劇中のキャラクターが抱く感覚は、映画に限らずみんなが持ったことのあるものだと思う。映画上映のシステムについて分かりやすく可愛らしい線画で紹介してくれたり、「へえ〜」という場面も多い。そして本作においてはたまたま映画と映画館が題材になっているだけで、それは自分の好きなものになんでも置き換えられるようになっている。音楽でも、絵画でも、演劇でも、スポーツでも、戦国武将でもいい。それでお金を稼いだり、社会の役に立つなんて保証はないけれど、ただ好きなもの。特にコロナ禍で不要不急と言われたアートや芸術、エンタメについて。受け取り方はそれぞれだと思うけど、本作はそういうものを爽やかに肯定してくれる。でも、それだけでは人の命は救えないってことも描かれていて、ビターだ。

ありがちな感動ドラマに陥らず、幅広い解釈の余地を持たせた良作。お気に入りの映画館で、観てほしい。今こそ、ただ浪費されるだけのコンテンツではなく、人間らしさを与えてくれるものに回帰しよう。
あっきー

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