マイアミのどこにでもあるようなモーテルの殺風景な一室に4人の男達が集まってくる。モハメド・アリが、まだカシアス・クレイという名だった頃、マイマミでの試合でボクシング世界ヘビー級チャンピオンになったお祝いに、1964年当時、全く異なる分野で活躍し、もっとも影響力のあった黒人4人が集まってくる。
史上最高のソウルシンガー、サム・クック。NFLの英雄、ジム・ブラウン(この人だけ知らなかった)、20世紀最強のボクサーであり、アスリートだったモハメド・アリ、そしてマーチン・ルーサー・キングと並ぶ黒人公民権運動の伝説の男、マルコムX。
なんというラインアップか!!現代で架空の例えを出すとすれば、ビリー・アイリッシュと、大阪なおみと、ヘイリー・スタインフェルドと、グレタ・トゥーンベリが一堂に介して、環境問題を討議するのに匹敵するほどの奇跡の顔ぶれだ。
元は、舞台劇で、この4人がもしも、あの夜に論議を交わしたら、という"What if"形式での会話劇。それを、「ビールストリートの恋人たち」でアカデミー賞助演女優賞を獲得した、レジーナ・キングが監督して映画化しており、オスカー候補となっている。
ちなみに、「ビールストリートの恋人たち」の原作者、ジェームズ・ボールドウィンもマルコムXとは深い交流があり、このラインナップに加わってもおかしくないほどの影響力を持った人物だったが、他の3人との関わりがなかったようで、出てこないのが残念。
愛憎、激情、友情、共感、説得、拒絶、様々な感情がぶつかり合う会話劇は、人種問題は勿論、男たちの熱い友情の物語としても見応えがあるものに仕上がっている。
それぞれを演じている各役者の演技も絶品。マルコムXを演じた、キングズレー・ベン=アディルは、ベン・ウィショー似のイギリス人俳優。Netflixのドラマ、"OA"や、最近ではマーベルの「シークレット・インヴェイジョン」に出演している演技派で、本作でも素晴らしい芝居で魅了してくれる。
サム・クックを演じたレスリー・オドム・Jrは、なんと吹き替えなしで、クックの歌を全編歌っているのだが、本人とみまごうばかりの素晴らしい歌唱力。流石、トニー賞主演男優賞は伊達ではない。他の二人も、かつてのレジェンドに恥じぬ名演技だった。
33歳という若さで非業の死を遂げた、サム・クック。同じイスラム教の会派から暗殺されたマルコムX。イスラム教に改宗して、引退後はパーキンソン病と闘いながら、人権問題をはじめとして幅広い活動をし、74歳で亡くなったモハメド・アリ。NFL引退後は、俳優に転身、今年87歳で天寿を全うしたジム・ブラウン。"黒人"ということ以外、どこにも共通点がない4人の奇跡の邂逅を架空の会話劇で表す本作は、4人のプロファイルを知らなくても理解できるし、様々なことを考えさせてくれる良作だ。
サム・クックの初めてのメッセージソング、"A change is gonna come"が流れる。「黒人として生まれて、映画館やどこに行っても、この辺に来るな!と言われる。が、変化はきっといつかやってくる」という歌詞は、時を超えて、バラク・オバマという男のスローガンとなり、黒人初の合衆国大統領を産み出すこととなった。
歴史にもしもはない。だからこそ、もしも、を想像するのは楽しいことを具現化した作品は、現代において最も観られるべき作品の一つだと思う。