ルサチマ

Helplessのルサチマのレビュー・感想・評価

Helpless(1996年製作の映画)
5.0
小説家でもないのに個人的な話を綴るほど厚かましい性分は兼ね備えてないし、中学生の時に見て強烈なショックを受けた究極の偏愛映画である『Helpless』の映画演出について書こうとしたのだが、どうしても批評を書く媒体としてSNSは向かないように思えてしまったことと、故・堀禎一とともに映画へと向かう勇気を与えてくれた青山真治の訃報を受けたいまは映画批評とは程遠い、つまらぬ個人的体験を綴ることでしか落ち着きを取り戻せる気がしない故に、今回極めて私的な投稿をする。この投稿があらゆる人から見過ごされつつ、空に住む青山真治にだけ届くことを願う。

中学の頃に初めて『Helpess』を見て以来、映画作家・青山真治は自分とはかけ離れた世界に生きる存在であることは事実だが、不思議なことに(一方的にではあるが)最も親しみを感じることができる存在でもあった。それは大学に入って以来、授業に出ることなく名画座へ足を運ぶ日々の中で何度も映画館の座席に座る青山真治を見かけたという体験に由来する。恐らく身の回りの数少ない映画関係の友人よりも映画館で遭遇した回数では青山真治が一番多いんじゃないかという気がする。去年の文芸坐で上映された伊藤大輔特集では連日青山真治を目撃したし、通路を挟んで隣で映画を見たときには動揺してしまい、しばらく映画の画面に集中出来なかった。
そんな風にして映画館の座席に座りながら上映が始まるまでの間、文庫本を読む姿を何度も一方的に拝見しては声をかけることなく、ひっそりと「勉強家」な彼の姿に敬意を抱き続けていた。

一度だけK's cinemaで『こおろぎ』が上映されたとき、上映後のロビーで青山真治に声をかけて映画の感想を伝えたことがある。その感想というのは拙いもので具体的なシーンについて言及することさえできなかったが、感想を伝え終えると目を輝かせて青山真治から感謝の言葉を伝えられた。未熟な自分と同じ地平に立つ真摯な姿を今でもはっきりと思い出せる。

青山真治という映画作家に寄せられる数々のテクストも10代だった自分にとっては映画と同じくらい美しく、とりわけ鎌田哲哉が若き青山真治の『路地へ 中上健次の残したフィルム』にかんする映画制作について徹底的な批判をしつつも最後に『EUREKA』の細部へ着目しながらエールを送るかのようにして書き上げた批評については紙がボロボロになるまで読み返した痕跡がある。そしてそのような刺激的なテクストを引き寄せる青山真治という存在が現代日本にいるというだけで現実に腐るでもなく、開き直るでもなく、背筋を伸ばすことができたことは紛れもない事実だ。

青山真治にいつか自分の撮影した映画を見てもらいたいと願っていたが、叶わなくなってしまったことが悔しい。友人と会うたびに青山真治の映画や人柄、政治的眼差しの鋭さについて話しているし、青山真治が亡くなった3月21日も渋谷で友人と青山さんの話をしていた。

たむらまさきの追悼特集が藝大の馬車道校舎で開催された際に念願の『秋聲旅日記』『軒下のならずものみたいに』『名前のない森』を見に行った。その時一緒に駆けつけた友人の一人はその後、藝大で青山真治の盟友の一人である長嶌氏のもとでサウンドデザインを学んだ。
ユーロスペースで青山真治特集が開催された際には映画の撮影準備の合間に連日立ち寄って『赤ずきん』のカット割の鋭さに惚れ(3年前に三宅唱と『赤ずきん』の凄さを語ったことも思い出深い)、『FUGAKU』シリーズを見て青山真治こそ現代を生きる最大にして最高の映画作家だと再確認し大興奮したことも記憶に新しい。
知り合いのツテを借りて『すでに老いた彼女のすべてについては語らぬために』を見たことや、遺作となってしまった『空に住む』を2度目の鑑賞にもかかわらず号泣していたところを友人に見られて恥ずかしかったことなど、青山真治の映画は体験としてあらゆる情景とともに思い出すことができる。

個人的体験によって映画の良し悪しが変わることなどはないだろうが、少なからず青山真治の映画自体がフレーム外の現実に起こる観客の事柄を決定させていく側面はあるだろう。そういえばどこかのインタビューで青山さんがフレームの中に描きこむ映像そのものについて信用していないというようなことを言っていた。彼は常にフレームの外側を射程に入れ、フレームの映像を信用しない態度によって逆説的に妥協のない徹底的な映画を作り上げる作家であった。

映画産業が若手監督の台頭を取り上げ、制作の仕方について盛んに議論を試みているものの、どれも本質的な映画の使命を果たそうとする気概を感じることができない(と個人的には思う)なかで、青山真治は生き方そのものによって映画に向き合い続けた作家ではなかったか。

早すぎる死を未だ受け止めきれてはいないが、現代日本において最も鋭い知性によって世界を眼差そうとした作家の不在はこれからを生きる人間にとってあまりにも容赦なく残酷なことに思えて仕方ない。

・・・ここまで書いておきながらネガティブなことばかり思いついてしまう自分の気性が甚だ煩わしい。短い生涯の中で青山真治が確かに残した豊かなフィルモグラフィーに今の自分が込められるだけの最大の敬意を払い、『こおろぎ』の上映後に伝えられた感謝の言葉をそのまま送り返したい。

「ありがとう!」
ルサチマ

ルサチマ