カリカリ亭ガリガリ

トキワ荘の青春 デジタルリマスター版のカリカリ亭ガリガリのレビュー・感想・評価

5.0
漫画の神様に最も愛されなかった男を、愛するわけでも祝福するわけでもなく、ただ観察するかのように静かに見つめる市川準の視線のやさしさ。人を信じている。人は、作り手が介入せずとも、こんなにも愛おしくて滑稽で面白い。
テラさんの起床から始まり、「漫画」から彼への「ありがとうございます」で幕引きするこの作品は、「夢のようだった」という言葉が登場するように、テラさんがようやく「夢」から覚めるまでを淡々と見つめ続ける。夢から覚め筆を折ることの切なさよりも、「いい夢だったなあ」という感慨深さの方が強いのがいい。
見ないよりは、見るべき夢だったということ。その夢の軌跡を、わたしたち観客もしっかりと目撃したということ。

会話の最中にアニメーションの話題が出て、そのシーン自体が僅かにスローモーションになるところ、泣いた。
赤塚の連載が決まってからの雨までの一連、泣いた。
きたろう演じる編集者の「描こう、描こう」、泣いた。
テラさんの部屋に皆で集まり、キャベツ炒めとオニオンスライスを食べながら談笑しているサイレントシーン、泣いた。
その後の夕食で、売れた順に作家たちが部屋から出て行って、テラさんと森安だけが残るシーン、泣いた。
つげ義春へのテラさんの皮肉な言葉(テラさんにとっての自己的な呪いの表明)、泣いた。
相撲、うううううう泣く。相撲にインサートされる、テラさんへの視線。なんてやさしいんだ。

青春のはじまり・青春のおわりモノに弱いので後半はやっぱり寂しかった。祭りが終わりそうな。文化祭の最終日のような。旅の終わりのような。「もう来ないよ」いや、また来てくれよ。ってか、また行くよ。

古アパートのトキワ荘そのものが主人公でもあり、外観や廊下、階段や各々の部屋の切り取られ方が絶妙だった。アパート映画最高傑作。便所を撮らずに音だけで処理しているのも粋。