カリカリ亭ガリガリ

夜明けのすべてのカリカリ亭ガリガリのレビュー・感想・評価

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
5.0
今年ベストどころか個人的にはオールタイムベスト。衝撃を受けた。いやーーーー心の底から良すぎた。映画史に残る強強名作をリアルタイムで観ちゃった感じ。シネフィル至福映画でも何でもなく、万人に観てもらいたい。
この映画の呼吸というか息遣いというか、この物語をどのようにして現場で撮るか、そして撮ったものをどのようにして映画にしていくか、全ての作法に感動した。

まず、よく「全ショット完璧な映画」と大袈裟に褒めてしまうことがあるけれど、この映画は紛れもなく「全ショット完璧な映画」だと思った。画面に映る全ての被写体、それは俳優に留まらず、配置された物にしても美術にしても、場所にしても風景にしても(雨も完璧)、こんなにも正しく時間を切り取られていることに眼福。映画を観ることの喜びしかない。そして、カメラはこうして、ここに置けば「映画」になるのだなと、あまりにも自然な位置に三脚が置かれ続ける119分間が多幸感でしかなかった。

カメラを置く位置によって、あるいはアングルによって、無駄なドラマが生まれてしまうことを巧妙に回避している。その眼差しの明瞭さと誠意に頭が上がらないし、ここまで徹底できてしまう三宅唱に誰も敵わない。どうしたらこんな映画が撮れてしまうのか、理解は出来ても、奇跡のようで信じられない。勉強になるとか勇気をもらえるとか、そういった次元を超越する感動がある。

殊更に切り返しをせず、はたまたカメラを作為的に動かそうともせず、横顔や奥行きを信頼し切ったフレームの中に、確かに「世界」が広がっていて、そういうことを感じられるのが映画の原初的な豊かさのように感じる。

新海誠組の主演二人の名演も素晴らしかった。いや、もはや演技ではない。無自覚な気まずさも、思いもよらなかった接近も、全てが人と人との営みの積み重ねによるもので、それは偶然でしかなかった、という名目の優しさに満ちている。
また、それが恋愛関係を結んだ男女の物語へと移行せず、その作劇には普遍的なものも感じる。

二人の関係に偽善がなく、だから偶発的な出来事の数々に場内も結構みんな笑っていた。ユーモアの感覚というか、幸せとか不幸とか二元論で語ろうとしない、優しさの感覚がある。
自分の苦しみや怒りをぶつけられるような悪人は、本当はいない。苦しくて怒っている自分だけが存在している。闇。光は遠い。けれども、どんなに遠くても光は"存在"しているし、自分が誰かの光であることもまた美しいことではないか。
そういった光が乱反射し続けるかのような群像劇と観ることもできる。

決まった時間に周回するバス。それに乗れない人。自分を置いて進んでいく社会。前に進まないフィットネスバイク。自転する地球。夜空の星は動かない。星を見るということ。星は朝も夜もあるということ。朝も来るが、夜も必ず来る。そして夜明けが来ない日は一日もない。

某劇場のラスト上映回で観たが、満席の中誰一人も終映まで席を立たず、終わって拍手が起こった。もっと、もっと早く観れば良かった……(パンフレット完売してた……)
遅れて観た身分とは言え、これは映画館でこそ観てほしい。観れば分かる。全員観てくれ。