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竜とそばかすの姫のSHIMABOOのレビュー・感想・評価

竜とそばかすの姫(2021年製作の映画)
4.0
 まず仮想空間の凄まじいスケールにギョッとする。ほんとうに圧倒的な情報量。オブジェクト一個一個の作りこみは普通なのだけど、地球の地平線ほどの距離はあろうかという奥行きの中にありったけの量を詰め込み、上下対称(=地面が無い!)の構造でさらにそれを倍加している。

 驚きはまだ続く。ベルの歌唱シーンで(まさに実写のごとく)歌っている彼女の顔を映し続けるのである! 普通のアニメーションなら、これでは(よほど上手い絵でない限り)画面が保たない。しかし今作では、顔の”紋様”でアニメにありがちな頬のノッペリ感を解消し、画を保たせることに成功している。あるようで意外と無かったアイディアだと思う。CGで作画の負担をなくしているのも素晴らしい。

 その直後の現実パートでは、日本のお家芸の可愛らしい手描きのアニメーション。そこで改めて、ヴァーチャル世界と現実におけるCG⇔手描きの使い分けが巧妙な政策のもとに行われていたことを実感する。カメラはロングで画面端から端までキャラが歩くというショットが多くみられるが、これこそ手描きアニメーションの威力を最も発揮できると、細田監督が選んだのだろう。すなわち日常我々が行っている動作の”感覚の再現”によって、キャラクターは実写に匹敵する質量を獲得しうるのだという、アニメーションの本質の一つである。その白眉は、なんといっても中盤のバスター・キートン風(?)コメディ・シーン。そしてこの信じられないぐらいの長回しで観客を楽しませたかと思うと、すぐにシリアスなターニングポイントになるシーンに突入していくこのリズム感もやはりアニメーションの醍醐味であろう。

 現実でのクライマックスでは、ヒロインのすずちゃんと父親との関係性が効いていて、加えてやはりアニメならではの強い表現もあって悪くはないが、若干分かりづらいのが玉に瑕か。また他にもやや性急な展開が一箇所みられたので、そこも残念なところ。全体のクオリティを考えると些細な事ではあるけれど。

 一方で、仮想空間<U>というのは、一見本作の主題のようでいて実は今述べたような表現上のテーマのために利用しただけの、いわば借り物の世界のように見えてしまう。要はこれ、ファンタジーに置き換えても全く問題ないのである。コドモ達が夢想するような鏡の向こう側の世界と、何も違いはない。それによって、なんとなく主題の不在といった印象を感じてしまう。細田監督には、現在のインターネットへの批評的な視点はおそらく無いのかもしれない。すくなくとも今のところは、ネットは本作のような祝祭的な空間ではないし、とくにSNSはどちらかというと悪意や欲望の吹き溜まりでしかない。

 しかしそれでも、クラウドファンディングが制作の一助となった『この世界の片隅に』のように、ネットの善なるものを細田さんが信じているとすれば、それも良いだろう。同時にそれがアニメーションの可能性を信じ続ける彼の姿勢と通じているのかもしれない。
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