minaduki

先生、私の隣に座っていただけませんか?のminadukiのネタバレレビュー・内容・結末

4.2

このレビューはネタバレを含みます

黒木華、柄本佑のキャスティングに惹かれて見始めた

漫画家夫婦、売れっ子の妻と描けなくなった夫
おまけに夫は編集者と不倫関係にある

ダメ男が、賢い妻から仕掛けられた神経戦に振り回されてという、ありきたりのラブコメディかと思いきや、話の展開はもっとエグい

夫がぬすみ読むことを前提に妻は、漫画のネームで、夫の浮気を知って別の男性に惹かれていく不倫妻を描く
それを読んだ夫は、妻がどこまで自分の浮気を知っているのかと疑心暗鬼に陥ると同時に、妻の不倫を見せつけられて気も狂わんばかりに嫉妬する

しかし、漫画をリアルとみなせば、自分の不倫をも認めることになる
夫はネームに描かれる妻の不倫がリアルなのか創作なのかを妻に問うことができない

どこまでが現実で、どこからが妄想なのか
その妄想は夫のものなのか、妻のものなのか

終盤、夫は苦し紛れに、妻に赦しの気持ちがあるかを探るように別居を言い出すが、それもまた妻の想定内であった
この後、妻が準備していた巧妙な仕掛けは、夫に嫉妬の苦しみを与え続ける執拗な復讐なのか、作家的な感性を失いかけた夫を更生させる為の荒療治なのか…

私は、安部公房の小説『砂の女』を思い出した(1964年自身の脚本により勅使河原宏監督が映画化)
一旦蟻地獄に落ちたバカな獲物はどう足掻いても這い上がることはできない
最初は夫の無様さを笑いながら観ていた私だが、そのうち笑えなくなった 
恐ろしさにゾクッと背筋が寒くなった

あなたはこの映画をどちらの立場で見るだろうか

物語は序、中盤と小さな振幅で観客の読みを外し惹きつけ続けるが、最後に大きく踏みこえる

コメディの体裁でみせていったこと
黒木華をただ冷酷な復讐者にしないように心情を細かく描き込みシンパーシーを醸成したこと
これらが笑わせながら痛みを感じさせるテクニカルな序中盤を生み出した

それを思いっきりひっくり返したラストに恐ろしくて爽快という複雑な感情を呼び起こされた
カタルシスの大きさにゾクッときた

終盤に挿入される、妻の回想、先生(柄本佑)が、まだアシスタントだった頃の私(黒木華)の隣に座って無心に創作に打ち込んでいる凛々しい姿が、夫の再起を願う妻の愛情かと一瞬希望を抱かさせるが、その後の母親のセリフで打ち砕かれる
『あんた、最初から決めてたでしょ』

一旦蟻地獄に落ちたバカな獲物はどう足掻いても這い上がることはできない
壊れてしまった信頼は二度と元には戻らないのだ

脚本、演出、演者が、三位一体となりそれぞれが才気溢れる仕事をした鮮やかな愛憎劇
作家の、怖い話だけど絶対にグロテスクにはしないというセンスが光る
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