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コーダ あいのうたのRenのレビュー・感想・評価

コーダ あいのうた(2021年製作の映画)
4.0
ここまで爽やかで清々しい映画は昨今逆に珍しい。一切の奇を衒わず挑んだ、音(声)と家族とコミュニケーションについての映画。おすすめ。

聾の家族の下で育ったルビーを中心に、聴こえる/聴こえない が生むもどかしさや障壁を、ユーモアも交えて描いていく。
父親が何も臆することなく手話で下ネタを連発したり、夫婦愛が強すぎてドクターストップがかかっているのに性行為に及んだり(しかも聞こえないから来客に気付かず続行)、ルビーはルビーでミュージシャンのポスターやらレコードやらを部屋に大量に置いていたり、この綺麗じゃなさや図々しさが、家族という近くて愛もある一方ある意味鬱陶しい存在の描き方として良いなと思った。耳が聴こえないから音楽が何も分からず、コンサート中に手話で雑談し始める感じも面白い。その辺りの日常描写に嘘が無い。
家族が漁業を営んでいる設定も良く、これによって「聴こえないことが深刻な問題に繋がる」「健聴者の通訳への依存が強い」ことが不足無く描けていた。

最も好きなのは終盤のあるシーンでの音響の使い方。それまで、健聴者で家族のサポート(通訳)として生きるか、自分の夢を追うかで悩むルビーに感情移入していた観客が初めて聾者側の感情とダイレクトに繋がる。この演出はその後の「ルビーが父親にだけ歌を聴かせる」場面にも活きてくる。ルビーに歌の才能があることは観客は知っているけど、それを知り得ない家族の立場でも歌声を体験できるのが素晴らしい。視覚と触覚で味わう音楽映画。

やはり連想するのは、同じく聴覚障がいを取り上げた昨年の『サウンド・オブ・メタル〜聞こえるということ〜』。こちらが「個」が音の壁と向き合う作品だとしたら、『コーダ ~』は「家族」が音を理由とした障壁を乗り越えることで家族になっていく作品。どちらの映画もあっていい。

ストーリーライン自体に新規性があったかと言われると微妙だけど、一つひとつの演出が締まっていたため何の文句も無い。さらにこの、誰にでも理解できる作りによって万人に勧められる映画になっているのが良い点なのかなと。『リトル・ダンサー』『リトル・ミス・サンシャイン』『リメンバー・ミー』、これらの作品にピンときたら是非観てほしい。
賞レース的には『グリーンブック』のようなポジション?

その他、
○ 同じハンディを持つ役者を起用しているのも誠実で正しい。演技力に関しても問題無いどころか全員欠けることなく素晴らしかったです。父親役のトロイ・コッツァー助演男優賞ノミネートは当然。
○ 鉄板のThe Shaggsイジり。気になった人はぜひ聴いてみてほしいです。
○ 申し訳程度に挟まれるルビーの親友と兄の恋愛パートが好き。聴覚のハンディキャップを何も問題視しない人物(ただイケメンが好きなだけ)がいることによって、今作がよりカラッとした仕上がりになっています。
○ 上記のような「ハンディなんて関係あるか」という精神性が彼のラストの行動に繋がっているのも説得力がある。
○ 後味が昨年の『あの夏のルカ』のそれと重なった。
○ 家族の話をやるならこれくらい気持ちを引き締めてかかってほしい。ただでさえ「家族こそ一番・家族がいれば大丈夫」という価値観にうんざりしているのだから。家族至上主義のメッセージをきちんと届けられた『リメンバー・ミー』以来の傑作では?(Ren調べ)
○ フランス版は未見。本作がどのようにリメイクされたのか確認する意味でも観てみたい。
○「聾唖」の「唖」とは、「話せない」ことの意。聞こえない=話せない、という考えが一般的であった頃の名残であり、実際には補聴器や練習によってある程度喋れる人もいる。近年は聴覚にハンディキャップがある人のことは単に「聾」とすることのほうが多いようです。今作の公開でよく聞く単語になっただけに、念のため今一度確認を。
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