翼

コーダ あいのうたの翼のレビュー・感想・評価

コーダ あいのうた(2021年製作の映画)
4.6
私は両側から「雲」を眺めてみる
太陽の光を遮り、雨と雪を与える
それは私の雲の幻想
本当の姿はわからない

Joni Mitchellの「Both sides now」を最高の解釈で挿入してくるセンスよ。
ルビーにとっての家族は大切なものであり、生活の為にと夢を阻む存在でもある。家族をとるか自分をとるか、依存と呼ぶか愛と呼ぶか、生活か夢か…。
持ちつつ持たれつどちらも大切。お互いになくてはならないというメッセージは普遍的で目新しくはないけど、見事な演出と詩的解釈で捉えた楽曲が心をガッチリとホールドして離さない。
その解としてのBoth sides now、完全な解釈だと思う。

そして本作のスペシャリティは『聾者にとっての音楽』という切り口。
娘の歌を聴くことができない父親の気持ちはどんなものか。無音のコンサートホールで聴く人の表情を見渡し、娘の声帯に手を当て振動を感じる。この表現を何ととるか。
この脚本が訴えたいことは「愛娘の声が聴こえないなんて!」と悲観することは聴者のある種のエゴだということだと思う。彼らにとってそれは手段であり、何も悲劇ではない。聾者だから、ということではなく、娘の人生に向き合う真摯な父親の姿勢が胸を打つのだ。
聴者は健常で聾者は障碍、というバイアスを取り払うのは声高なメッセージではなく、こういった仕草一つなのだと思う。「耳が聴こえない家族と、音楽を志す少女のお話」を悲劇として描かないことが何より誠実にこの映画の本質を表現していると思う。

小学校の授業で見てほしい映画。
お盛んでラブラブな両親と高クオリティの下ネタ手話も見せといたらいいのだ。

そして聾者の切り口とは別にもう一つ、音楽との向き合い方を端的に描いている点も見逃せない本作の魅力。
私の人生でもV先生のような恩師がいる。
音楽の本質と向き合い、その姿勢を評価してくれた人。彼らの存在がどれほど表現に翼を与えてくれるのか、どれほど生徒が救われるのか、『音を楽しむと書いて、音楽』という気付きを与える指導者によって救済される音楽家の魂というものは必ず存在する。
モテたいとか、あの人と同じサークルに入りたいとか、きっかけなんてそんなものでいい。思春期におけるそれは何事にも優先して人生を揺さぶるものなんだから。必要なことは、音楽に触れた時の閃光。それを見出し光の下に導く指導者との出会い。この稀有な体験をgleeでもpitch perfectでもない歌唱表現で描いた本作はそれだけでも価値がある。
あそこでミュートかける演出と、煌びやかなステージをカットして夜の庭のアカペラで補完する表現は、間違いなく本作でしか出来ない!
翼