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吟ずる者たちのDickのレビュー・感想・評価

吟ずる者たち(2021年製作の映画)
4.8
1.はじめに:日本酒づくりとエンタメ

❶モノづくりをテーマにした日本映画は山ほどある。しかし、日本酒で長編に限定すると、極めて少なく両手の指に収まるだろう。多くはドキュメンタリーで、劇映画となると、もう貴重品。小生の知る限りでは、本作が2作目である。

①『恋のしずく(2018)』 監督:瀬木直貴、出演:川栄李奈、小野塚勇人、大杉漣(遺作)。舞台:広島市・西条。
★2018.10公開・鑑賞:80点。
②本作。

❷コミックやドラマの分野でも多くはない。
①コミック:『夏子の酒(1988-1991)』 原作:尾瀬あきら。舞台:新潟県・長岡市。
★単行本:講談社モーニングデラックス全12巻(所有):90点。
②TVドラマ『夏子の酒(1994フジテレビ)』 主演:和久井映見、脚本:水橋文美江、尾崎将也。:80点。
③TVドラマ『甘辛しゃん(1997-1998NHK)』 主演:-佐藤夕美子、脚本:宮村優子、長川千佳子、協力:尾瀬あきら。舞台:神戸市・灘。

❸ワインやウイスキーづくりをテーマにした映画・TVドラマ・小説・コミックは日本酒よりも多い。

2.マイレビュー:◆◆◆ネタバレなし

❶相性:上。

★日本の品質管理の原点ここにあり。

➋時代:現代の部(2018~2019)と、明治の部(明治9年/1876~明治31年/1898)とが交互に繰り返して描かれる。

❸舞台:広島県広島県東広島市安芸津町。明治時代の地名は広島県賀茂郡西条町&三津村。

❹考察

①日本で初めて日本酒の軟水醸造法「三浦式醸造法」を確立し、「吟醸醸造の父」と呼ばれた三浦仙三郎(実在/1847~1908)の実話を基に、2つのパートに分けて、交互に繰り返して描かれている。
ⓐ明治編:仙三郎が父から譲り受けた酒造場で酒造業を始めてから、幾多の苦労を乗り越え、遂に軟水による改良醸造法を完成させる。
ⓑ現代編:仙三郎の教えを受けた杜氏が開業した造り酒屋の社長が倒れて休業状態になった所に、東京で挫折した養女の永峯明日香(架空)が帰郷して、家宝の仙三郎の回顧録を読み、仙三郎と養父の心に打たれ、従業員と一致協力して、仙三郎が作った吟醸酒「花心」の現代版「追花心」を生み出す。

②明治時代の酒づくりの最高責任者は「杜氏」。「蔵元」は金を出すだけで、作業内容に口を出すことは許されなかった。
★現代では「杜氏」は、「技師長、工場長、製造部長」に相当するもので、「蔵元」(オーナー、経営者)の信任を受けて酒造りを統括する重要な任務である。
★近年は蔵元が全ての最高責任者であり、小規模な蔵では蔵元が杜氏を兼任している所もあるようである(Wikipedia)。
★この関係は、漁船の最高責任者が、運航上は「船長」、漁獲作業上は「漁労長」であることと似ている。

③当時の「杜氏」の行動指針は、「DKK(伝統・経験・勘)」に基づいたもので、科学的なものではなかった。「酒神」と呼ばれる神様のご機嫌次第というわけだったのだ。

④当時の一番の問題は、醸造中に酒が腐る「腐造(ふぞう)」や、売る前に酒が腐ってしまう「火落(ひおち)」で、せっかく作った酒の殆どが腐ってしまうことだった。このままでは経営が破綻してしまう。

⑤危機感を持った仙三郎は、まず書物を調べるが役に立つものがない。この上は自分自身で体験するしかないと、当時日本一と評判の灘の酒造場に弟子入りし、製法の基本を学ぶ。

⑥その結果、原因は衛生状態と材料の質にあると考え、反対する杜氏を説得して酒造所を新しく移転して設備と材料を更新する。

⑦しかし、それでも灘の酒には及ばなかった。

⑧そこで、仙三郎は、「百試千改(百回試し、千回改める)」のポリシーの元、原料である「米」と「麹」の銘柄と組み合わせを変える、精米度を変える、発酵温度と時間を変える等の実験と検証を行い、最適解を求めていったのである。
ⓐ佐竹利市が開発した「動力式精米機」を用いて、酒米の表面にあるたんぱく質の多い層を落とし、でんぷんを多く含む中心部を露出させる方法を開発する。
ⓑ広島県工業試験場の橋爪陽や、京都の酒造家大八木正太郎から、灘や伏見の水が硬水であるのに対し、当地は軟水で、ミネラルや微生物が少なく、酒造りには不向きであることを教えてもらう。
ⓒその上で、醪を低温でゆっくりと発酵させることにより、硬水と遜色ない酒を軟水で造る方法を見出すのである。
ⓓその結果、第1回全国清酒品評会(明治40年/1907)で、灘や伏見を破り一位に輝いたのを皮切りに広島の名声が広まっていくのである。

⑨仙三郎の秀でた点は、成果を独り占めにせず、マニュアル「改醸法実践録(明治31/1898)」として、標準化して、同業者に無償提供したことである。その結果、「広島酒」が世に広まることになったのである。
★今や多大の人が恩恵に浴している「QRコード」は刈谷市に本社がある「(株)デンソー」が開発したものだが、その特許は無償開放されている。120年前の仙三郎の英断と共通点がある。

★仙三郎のアプローチは、「科学的管理法(Scientific Management)」と言われるもので、この分野で世界的に知られる下記のアメリカ人たちが1930年から1960年代に学問として体系化したものと共通するものだった。
・フレデリック・テイラー (Frederick Winslow Taylor、1856- 1915)〔「科学的管理法の父」〕
・ウォルター・シューハート(Walter Andrew Shewhart、1891- 1967)〔「統計的品質管理の創始者」〕
・ウィリアム・デミング(William Edwards Deming、1900 - 1993)〔「デミング賞」で知られる〕
★仙三郎の方法は、日本の品質管理の原点と言えるもので、先駆者とされるこれ等のアメリカ人よりも、50年程早かったのである。仙三郎のような偉大な日本人がいたことを誇りに思う。

⑩現代編の明日香は、仙三郎の回顧録により120年前に仙三郎が作った吟醸酒「花心」を再現させ、更にその現代版「追花心」を生み出すことに成功する。
★それが出来たのは、仙三郎が遺したマニュアルがあったことによる。

⑪仙三郎も明日香も、まずは自分自身で行動を開始したが、その後は、目的を明示し、それを実現するために、衆知を集め、仲間たちのモチベーションを維持し、励まして、成功に導いていった。
★これこそがリーダーシップであり、日本の政治家に欠けているものである。
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