グラビティボルト

The Son/息子のグラビティボルトのレビュー・感想・評価

The Son/息子(2022年製作の映画)
4.5
前作「ファーザー」より遥かに好き。
知性で己を律しようとするヒュー・ジャックマンも、優しいローラ・ダーンも、オシャレなヴァネッサ・カービィも、ゼン・マクグラス演じる青年のか細い絶望に対して為す術もない。
ただただ、己の無力さに打ちのめされた男だけが残る傑作。

ゼン・マクグラス演じる息子がうつ病である事は誰の目にも明らかなんだけど、あの父性に呪われたヒュー・ジャックマンと離婚の傷が癒えていないローラ・ダーンの目にはどうしてもそう映らないという設定が、息子の変化や行動のきっかけ、真意をボカしてこの映画をスリラーに仕立てているのが見事。
プライド、出自、病によって目の前の現実をちゃんと飲み込めない人間を撮った映画、という意味では「ファーザー」から一貫している。

あの回り続ける洗濯機のアップ、
敷き詰められた衣服の奥に何かがあるような捉え方はホラーさながらだし、ゼン・マクグラスが赤子の寝ていないベビーベットの前に佇んだ後、ゆっくり後ろに下がって後頭部を壁に打ち付けるショットは生々しい音響効果もあって忘れ難い陰惨さを漂わす。
あと、父子の切り返しも忘れ難い。
父親の背景はクリアで、息子の背景はピントが浅い。
二人は全く歩み寄れておらず、この断絶が修復されることはない。

終始室内劇であった「ファーザー」よりも映画的に人物が動くぶん、より映画監督として諸々の技量が試される2本目なんだと思うが、
フローリアン・ゼレール、これを撮られてしまうと敏腕と言わざるおえないのが現状。
唐突に不穏な細部や動作が際立つ編集、一人の人物によって周囲の精神が腐食していく語りは、一時期の黒沢清「CURE」や「叫」を連想させる不可逆な理不尽さに感嘆した。

精一杯知的かつ頑強に取り繕ったヒュー・ジャックマンが己の無力さによって崩壊していく様は、諸々の黒沢映画で精神を壊した役所広司のようだったし、あの、いない家族を抱きしめるショットと事実を無情かつ簡潔に捉えた引きの画をじんわりズームバックしてシメるラストショットの地獄ぶりも素晴らしい。

次作は母親を題材にした映画だろうか?
期待している。超楽しみ。