keith中村

ベルファストのkeith中村のレビュー・感想・評価

ベルファスト(2021年製作の映画)
5.0
 ああ、なんていい映画だったんだろう。
 「いい映画だったなあ。いい映画だったなあ」とずっと思いながら帰ってきました。
 キュアロンの「ROMA/ローマ」は傑作であり、本作もスタイルや構造はそっくりなんだけれど、どちらも甲乙つけがたい。もう、最初から最後までスクリーンに映るすべてが愛おしい作品。
 「ROMA/ローマ」に似てるんだけれど、私の「脳内映画地図」では、「若草の頃」にもかなり近い座標にマッピングされました。
 「ROMA/ローマ」が神の視点だったのと較べると、本作はほぼバディくんの一人称映画となってましたね。最後にバディくんを離れデンチばあちゃんに寄り添うカメラがまた素晴らしいし。
 
 劇場(コヤ)は、いいお客さん揃いでしたよ(←私は噺家か)。
 笑いどころではきっちり笑いが起きる。
 最大の笑いどころ、「環境に優しいから」は場内大爆笑でした。
 エンドロールの後では、万雷の拍手が。もちろん私も。
 それも含めてとても豊かで幸福な映画体験ができ、「映画ファンでよかった」と心底嬉しくなりました。そして、「映画館で映画を観るってこういうことだよな」と改めて思ったり。
 
 だもんで、ここからは劇中に登場する映画の話を。
 「ROMA/ローマ」では「宇宙からの脱出」を観るシーンがあって、キュアロンが「ゼロ・グラビティ」のネタを割ってくれてましたが、こっちにはたくさんの映画が出てきました。
 それが全部俺の大好きな映画なんだよな~。俺、ケネス・ブラナーと話が合いそう(笑)。
 
 まずはセリフだけだけど「七人の愚連隊」を観に行くと。シナトラ一家の「数字シリーズ」で、大先輩ビング・クロスビーを迎えた、傑作ミュージカル!
 
 で、実際に観るのが「恐竜100万年」。言わずと知れたハリーハウゼンの傑作。まあ、ハリーハウゼンの作品は全部が代表作かつ傑作と言えるんだけれど。
 本作はラクエル・ウェルチの出世作ですね。「肉感女優」ですよ、あーた!
 
 テレビで見てるのが「リバティ・バランスを射った男」と「真昼の決闘」。
 後者は本作のクライマックスに大きく関わってくる。
 
 デンチばあちゃんが口にするのが、キャプラの「失はれた地平線」。デンチばあちゃんのこのくだりのセリフ、よかったなあ。
 
 白眉は「チキ・チキ・バン・バン」。このシーンでの客席とスクリーンの「一体感演出」は、素晴らしすぎて、なんだか泣けてきちゃって。そうだよ、映画に没入するって、こういうことなんだよ、と感動しました。
 
 あと、テレビで「宇宙大作戦」やってたり、舞台で「クリスマス・キャロル」も観てましたね。
 
 さて、さっき書いたように「真昼の決闘」は本作のクライマックスで、主題歌「ハイ・ヌーン」をそのまんま引用してオマージュされるんだけど、ここは「ケネス・ブラナー、うまいことやりやがったな!」と狂喜乱舞しましたですよ。
 
 何がって、拳銃に丸腰で向かい合ったパパにお兄ちゃんが石ころの「投げ渡し」をするところ。
 武器の「投げ渡し」からの「悪の撃退」って、映画ファンとしてはアガるところですよね。最近では、キングコングとゴジラがこれでメカゴジラをやっつけてましたが、あそこもよかった!
(パパのピッチングの腕前が事前にさりげなく描かれている伏線も見事!)
 
 で、数ある「投げ渡し」の原典と言えるのが、「リオ・ブラボー」ですね。リッキー・ネルソンがジョン・ウェインにライフルを投げ渡し、自分も同時に拳銃で敵を撃つ。映画史に残る名シーンです。超カッコイイ!
 「うまいことやりやがったな!」ってのは、ひとつのシークエンスで「真昼の決闘」と「リオ・ブラボー」両方をオマージュしちゃったこと。
 
 「真昼の決闘」はフレッド・ジンネマンの傑作なんだけれど、当時の「西部劇畑」の映画人たちから総スカンを喰らった作品でした。赤狩りされた脚本家カール・フォアマンの恨み節じゃねえの? そんな政治的な隠喩を西部劇に持ち込むなよ、って印象で受け止められたから。
 これ、私も分かります。50年代までのミュージカルが死ぬほど好きな身としては、ナチスや人種問題をミュージカルに持ち込むなよ、と思うことはあります。いや、もちろん、「サウンド・オブ・ミュージック」も「ウエスト・サイド物語」も人生ベスト映画には違いないんだけれど、心情としてね。
 
 まあ、ともかく「真昼の決闘」はそうやって反撥されて、その結果、ハワード・ホークスとジョン・ウェインが「ザッツ西部劇」として作ったアンチテーゼが、楽しい楽しい大傑作娯楽西部劇「リオ・ブラボー」なんですね。
 
 つまり、本作ではテーゼとアンチテーゼ両方のオマージュをやってる。
 ケネス・ブラナー、流石の仕事だわ。で、そこには俺と同じ感情があるわけでしょ? 「両方とも大好きな傑作じゃん!」って思いが。ああ、ケネスさんと酒呑みたいわ~。
 
 ところで、スピ師匠も、新作「フェーブルマン家の人々」は少年期の自伝映画みたいですが、何かこういう潮流があるのかな。こうなると、いろんな巨匠が規定演技みたいに作りまくってほしいなあ、と思いますね。
 
 それにしても本作、ああ、なんていい映画なんだろう。