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アウシュヴィッツの生還者のDickのネタバレレビュー・内容・結末

アウシュヴィッツの生還者(2021年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

1.はじめに

①戦後80年近くになるが、ホロコーストやナチスを題材にした映画が今なお数多く作られている。大別して、3つのジャンルがある。
ⓐ実話ベースのフィクション:『シンドラーのリスト(1993)』、『戦場のピアニスト(2002)』、『アウシュヴィッツのチャンピオン(2020)』(注1)、『アウシュヴィッツの生還者(2021)』(本作)。
ⓑ実話でないフィクション:『ライフ・イズ・ビューティフル(1998)』、『縞模様のパジャマの少年(2008)』。
ⓒドキュメンタリー:『夜と霧(1956)』、『北のともしび ノイエンガンメ強制収容所とブレンフーザー・ダムの子どもたち(2022)』。
②その理由は、後世へ語り継いで、同じ悲劇を二度と繰り返さないようにするためである。
③それ等の多くは、かって加害者だったドイツが製作に参画している。これは特筆すべきである。被害者側が作るのは分かるが、「不都合な真実」であるに違いない加害者側が協力している事実は、ドイツの反省と決意が本物である証拠だと思う。立派だと思う。だからドイツは、被害者であるポーランドやイスラエルからも信頼されているのだ。臭いものに蓋をする日本とは大違いである。
④中には、興味本位に奇をてらっただけのものもあるが、そんな屑は消えていくのみだろう。

(注1)『アウシュヴィッツのチャンピオン(2020ポーランド)』(Mistrz/The Champion of Auschwitz)
日本公開:2022/07。初回鑑賞:2022/08:70点
【解説】
第2次世界大戦下、ナチスのアウシュヴィッツ強制収容所で、死の淵に立ちながらも生きることへの不屈の闘志と尊厳をもって、リングに立ち続けたボクサーの実話を基にしたヒューマンドラマ。ポーランド出身でホロコースト生存者の孫でもあるマチェイ・バルチェフスキ監督の長篇デビュー作。モデルとなった実在のボクサー、タデウシュ・“テディ”・ピトロシュコスキは、看守やカポ(囚人の中の統率者)を相手に数十戦の勝利を収めた。その姿はナチスは無敵ではないのだと、恐怖や絶望と闘う仲間たちの希望の象徴となった。監督は元囚人たちの証言やテディ本人の記憶をもとに彼が歩んだ半生を映像化した。ポーランドで最も権威のあるグディニャ映画祭で金獅子賞(最優秀作品賞)を受賞、さらに2022年同国のアカデミー賞とされるイーグル賞で4部門(撮影賞、美術賞、メイクアップ賞、主演男優賞)を受賞した。
★本作と共通点が多いが、別物である。同様の話は他にもあったと思われる。

2.辛口レビュー

❶相性:上。
❷時代:1949年のNYを軸に、ナチスがポーランドに侵攻した1939年から、アウシュヴィッツの1942年-1945年に行き来し、1964年にハリーとレナが再開するまでが描かれる。
❸舞台:
①ポーランド時代のパート:黒白映像:
ポーランドの田舎町、アウシュヴィッツ
②アメリカ時代のパート:カラー映像:
米ニューヨーク、サバンナ (ジョージア州)
❹主な登場人物
①ハリー・ハフト(ベン・フォスター、40歳):実在。ポーランド生れのユダヤ人。ナチスのポーランド侵攻により家族と共にアウシュヴィッツ収容所に送られる。そこで、親衛隊のシュナイダーからボクシングの同胞相手のデスマッチを強要され、生き残るため勝ち抜く。戦後はアメリカに渡り、ボクサーとなって生き別れた恋人レアを捜す。長くPTSDに悩まされている。英語は話せるが読み書きは出来ない。

★ハリーも恋人も家族も、更にはドイツ兵も、殆どの登場人物が流暢な英語を話している。さわりの部分はポーランド語やイディッシュ語やドイツ語になっていても、メインは全て英語になっている。その理由はその方が映画としては都合が良いからである。世界の殆どの国では、外国映画を上映する場合、自国語に吹替えられる。日本のように、字幕版が一般映画館で上映されることは極めて稀である。日本でも近年は吹替版が増えている。だから、英語圏では最初から英語版で作るケースが多いのだ。日米のアニメには、外国の話を自国語で作った作品が山ほどある。

②シュナイダー(ビリー・マグヌッセン、35歳):収容所のナチス親衛隊中尉。賭けボクシングのデスマッチにハリーを強要する。
③ミリアム(ヴィッキー・クリープス、37歳):実在。NYのポーランド・ユダヤ人協会のスタッフ。戦争で婚約者を亡くしている。行方不明のハリーの恋人捜しに協力する。後にハリーと結婚し、2人の子供に恵まれる。
④レア(ダル・ズーゾフスキー、29歳):ポーランド生れのユダヤ人。ハリーの恋人。ナチスのポーランド侵攻により
収容所に送られ、行方不明となる。1964年になって、アメリカでの生存が確認される。
⑤パレッツ・ハフト(Saro Emirze、43歳):実在。ハリーの兄。収容所に送られるが、ハリーのおかげで生き延び、一緒に渡米する。英語をマスターし、幸せな家庭を持つ。
⑥ジャン(ローレン・パポット、42歳):ハリーの親友。アウシュヴィッツでハリーとのボクシングに負けるが、ナチの銃殺ではなく、友ハリーの祈りで死にたいと頼む。
⑦エモリー・アンダーソン(ピーター・サースガード、49歳):新聞記者。ハリーの収容所時代の体験を記事にする。後にレアの所在を突き止める。
⑧ペペ・ミラー(ジョン・レグイザモ、60歳):ハリーのボクシングセコンド。
⑨チャーリー・ゴールドマン(ダニー・デヴィート、76歳):実在。ロッキー・マルシアノのトレーナー。ポーランド出身でハリーに協力する。
⑩ロッキー・マルシアノ(アンソニー・モリナリ、46歳):実在。ハリーに試合を挑まれるプロボクサー。後に世界ヘビー級チャンピオンとなり49勝を挙げ世界ヘビー級王者史上唯一全勝無敗のまま引退。
⑪アラン・スコット・ハフト(キングストン・ヴェルネシュ子役歳):実在。ハリーの息子。後に本作の原作を執筆。

❺要旨
①冒頭、本作が実話に基づいていることが示される:
「based on the incredible true story of Harry Haft」
②舞台は、1949年、ニューヨーク市の南端にあるコニーアイランドから幕が開く。
★コニーアイランドは、幾つもの映画に登場しているお馴染みのリゾート地で、120年の歴史を誇る。『悲しみは空の彼方に(1959)』、『アニー・ホール(1977)』、『ブルックリン(2015)』、『女と男の観覧車(2017)』等々。
③アウシュヴィッツ収容所から奇跡の生還を果たしたハリー・ハフトは、NYでプロボクサーとして活躍していた。戦時中ナチによって生き別れにされた恋人のレアを捜すのが目的で、新聞にハリーの記事が載ればレアが見ることを期待してのことだった。
④NYには、NYに避難してきたユダヤ人が沢山いて、ポーランド・ユダヤ人協会が情報の窓口になっていた。
⑤ハリーは親身に世話してくれる協会スタッフのミリアムと親しくなる。
⑥ハリーは記者のエモリーから取材を受け、アウシュヴィッツ時代の体験を話す。
⑦収容所では囚人同士を戦わせ、敗者を銃殺する賭けボクシングが行われていて、ハリーは親衛隊・シュナイダーにより、戦うよう強要される。断れば銃殺かガス室送り、負けても殺される。ハリーの生きる道は同胞たちに勝つ以外になかった。
⑧ハリーは生き延びることができたが、その後現在に至るまで、激しいPTSDに見舞われることになる。
⑨ハリーの記事が新聞に載ると、ユダヤ人からバッシングを受ける。PTSDがますますひどくなる。
⑩そんなハリーを慰めるのは、戦争で婚約者を亡くしたミリアムだった。
⑪話題作りのため、ハリーは日の出の勢いの格上ボクサー、ロッキー・マルシアノに挑戦する。ロッキーのトレーナーで同じポーランド移民のチャーリーは勝負にならないと忠告するが、ハリーの決意が固いことを知ると、ハリーを特訓する。しかし、結果は惨敗。
⑫レアの消息も不明のままなので、ハリーはレア捜しを断念し、引退を決める。そして、ミリアムと結婚し、生活用品店を始める。
⑬ハリーとミリアムには2人の子が出来るが、ハリーのPTSDは治らない。
⑭時は1964年、記者のエモリーがハリーを訪ねてくる。レアの所在が分かったのだ。レアはアメリカに移住していて結婚しジョージアにいるが、重病にあるという。
⑮ハリーは家族を連れてジョージアに旅行し、長男のアランを伴ってレアに会いに行く。
⑯レアは夫と娘の3人家族で、結婚式の翌日ハリーの記事を読んだことを伝える。
⑰2人はお互いの愛の思い出のおかげでこれまで生きてこられたと抱擁する。これが2人の別れとなった。
⑱ハリーはミリアムとアランに、初めて自分の過去を話す。
★ハリーのアウシュヴィッツでの傷は生涯消えることはないだろう。でも現在の家族との強い絆が確立したことで、PTSDと絶縁出来る日は遠くはないだろう。希望のある素敵なエンディングである。
⑲エンドロールでハリーのその後が示される。
「ハリーは2007年に、アメリカのユダヤ人のためのスポーツ殿堂入りを果たし、その年の11月に82歳で亡くなった」。
★映画一巻の終わりでございます。お楽しみ様でした。

❻まとめ
①アウシュヴィッツの賭けボクシングは、ローマ時代の剣闘士や闘犬のようなもの。見物人には娯楽であっても、戦う当事者にとっては負けたり、放棄したりすれば命を亡くす。生き残るには相手を殺すしかない、残酷な世界。
②そんな世界で生き残っても、まともな精神ではいられない。その心の傷は直ぐには癒されない。そのことは、膨大な体験者たちの実例が示している。
③一方の仕掛人は家庭では善き夫であり善き父である。そんな人が戦争で力を持つと、サディストに変身する。そんな残酷なことが出来るのは人間だけだ。
④だから、いかなる理由があっても、決して戦争をしてはいけないのだ。
⑤もう一つ、心の傷は、自分を愛してくれる人及び自分が愛することの出来る人、の両方の存在が癒してくれる。
⑥本作はそのことを教えてくれる。

❼トリビア:国民的人気の歌2曲
劇中2つの曲が登場する。何れも当時のアメリカで人気を博した曲で、映画やTVドラマを通じて日本にも伝わっているので、ノスタルジーを感じた。エンドクレジットで曲名を確認したので示しておく。
①「ルート66(Route 66)」Written by Bobby Troup、Performed by Nat 'King' Cole
日本でも1962年に放送されたアメリカのTVドラマ『ルート66(1960-64)』の主題歌で、主演のジョージ・マハリスが歌った主題歌が大ヒットした。
②「ゴッド・ブレス・アメリカ(God Bless America、Yiddish Version)」Written by Irving Berlin、Performed by Svetlana Kundish
イディッシュ版に編曲されているので、最初は分からなかったが、聞き取れた歌詞から気が付いた
「From the mountains, To the prairies, to the oceans, White with foam God bless America, My home sweet home.」
映画『スペンサーの山(1963)』(監督:デルマー・デイヴィス、出演:ヘンリー・フォンダ、モーリン・オハラ、ジェームズ・マッカーサー、ミムジー・ファーマー)で使われていたのが記憶に残っている。
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