Ricola

ヴェラは海の夢を見るのRicolaのレビュー・感想・評価

ヴェラは海の夢を見る(2021年製作の映画)
3.7
未だ世界の多くの社会は男性優位社会であり、そこに女性が立ち向かうことの難しさは否めない。
それも、そういった社会において「戦わずに生きる術」を学んできた女性にとっては特に難しいことなのではないだろうか。

この作品の主人公のヴェラは、まさに戦わずに生きてきた女性である。
亡くなった夫のある秘密と悪習によって、手話通訳士として働く彼女はとんでもない負債を抱えることになる。


タイトルの通り、彼女は何度も海の夢を見る。
この海の夢は、ヴェラの心の状態とリンクしているのだ。
心を落ち着かせているときには穏やかな海を、もがき苦しんでいるときには海で溺れているような夢を見る。
後者の夢の場合、溺れているような感覚を荒い波の動きとともに、深いところでボコボコと水音が聞こえてくる。
その水音以上に、荒い呼吸音が胸に迫りくるほど強く響き渡っている。
水の中にいるようだが、その呼吸音は地上においてのそれである。
そして夢から覚めるときは、ヴェラの足元のショットが映る。
ビクッと反応した足が溺れていたところから、急に地に足をつけたかのような動きである。この夢の通り、いつでも彼女は溺れ死ぬか否かの瀬戸際の状態にいるということなのだろうか。
彼女がそれほど精神的に追い込まれているのがわかるだろう。

ヴェラの手話通訳士という仕事も、作品の重要な要素である。
彼女はビジネスの取り引きでの手話通訳をしたり、テレビのニュースで手話を通して政治の汚職事件などを伝えることもしている。
特に手話、耳が聞こえないということを利用したシーン(および作戦)は見事であり、まさに「無言」の抗議をやってのけるのだ。

また、ヴェラの背中を押す娘のサラの存在も、この作品のテーマを語る上で外せないだろう。
サラは舞台女優をしている。彼女が主演を務める舞台劇のテーマ自体は、近未来的かつフェミニズム的であり、ヴェラが起こす行動と繋がっているのだ。

またサラは、母であるヴェラの態度を責める。
ヴェラがサラに教えてくれたことは、世間体を気にすること、ただ我慢をすること、料理や家事であると。
だけどそれでよかったことはないと、彼女は母親に訴えるのである。

こういった考えにヴェラが囚われていたように思える、象徴的なショットがある。それは家にいるヴェラが椅子に腰掛けている前にアイロンが映っているショットである。
なぜわざわざここにアイロンを置くのかと思ったが、サラに教えてきた女性のあり方をこのアイロンで表現しているように感じた。しかしこのショットはある転機以降見られなくなるのだ。

大きな権力に一人で、それもその権力と同じ方法で戦うのは無理がある。
しかし、彼女だからこそできる戦い方があるのだ。ラストショットの彼女の堂々たる表情に、震えが止まらなかった。
Ricola

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