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イニシェリン島の精霊のEeeのレビュー・感想・評価

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
4.6
アイルランドの辿ってきた過酷な歴史と、(いまだに)敬虔なカトリック教徒の国であるという知識がないとただの幼稚なおっさんバトルブラックコメディ時々ホラーみたいな映画で終わってしまう。それそれで良いかもしれないが。

とはいえつまらん島でおっさんが勝手に喧嘩してるだけの映画のどこが面白いんだ?と思ったのであればある意味正しい解釈で、戦争とは所詮そんなものである。それを冷め切った眼で見つめる妹(女性たち)の構図も最高の皮肉。

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どうせまた始まるさ。
終わりにできないものものある。
I’m sure they’ll be at it again soon enough, aren’t you? Somethings, there’s no movin’on from.
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コルムの些細な“悟り”から始まった小さな喧嘩が、確執へとかわり、段々と血生臭く変化していく様はまさに人々が目的を失いながら戦争を繰り返す様子そのものだった。

いち早く島を逃げ出した妹は勝ち逃げのように思えるかもしれないが、歴史と照らし合わせるとその後本土では内戦が独立戦争へと激化し多くの血が流れている点を考えると、全くもって明るいものではない。

音楽を生き甲斐にしているはずだったコルムが見せしめに自分の指を失い、フィドルの演奏すら出来なくなってしまったのは、人間が争いと引き換えに文化的な営みを失っていく不条理な連鎖の隠喩だろう。
実際にアイルランドは戦争の最中でその長い歴史で育まれた音楽、美術、舞踊などあらゆる文化を理不尽に抑圧される。
どうか少しだけでいいので、緑の宝石のような国アイルランドが辿ってきた凄惨な歴史を改めて覗いてみて欲しい。

名優ブレンダングリーソン(この作品で初めてまじまじと顔を眺めたが、ふとした表情が息子と瓜二つで面白かった)、相変わらずのカメレオン俳優Barry Keoghanの憑依型演技っぷり、死を予告する精霊バンシーそのものであったお婆ちゃんの存在感等々、、映画好きをこれでもかと唸らせるキャスティングも最高でした。
が、勿論主演男優賞はコリンファレル(とその眉毛)の本当に苛つく野暮ったさと憎めなさ。

良い人だけど、退屈。
これに抱いてしまう嫌悪感は、Derry GirlsのUncle Colmにもかなり近いものがあった。名前もコルムだし。

そんな皮肉たっぷりの内容とは裏腹に、荒涼として美しいアラン諸島の風景や、穏やかで愛くるしい動物たちのカットがふんだんに織り込まれている。

私が数年前に訪れたアラン諸島・イニシュモアも全く同じで、石垣の隙間から人懐こい小さなロバが、真っ黒な瞳でこちらを見つめていたのを思い出した。人間よりも馬や牛たちの方にたくさん出会った。レンタル自転車のおっちゃんには日本人だよって言うと、サムライの国だ!すっげえ!っていたく感激されたり、滞在中は同じ島民にどこへ行っても遭遇したりして(ストーカーではない。ただ島の人間エリアが狭すぎるだけ。)面白い場所だった。

そこでは優しくて不器用そうな素朴な人々が、今も小さなパブに身を寄せ合いながら生きている。
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