全くフランス映画と見紛うごとし、詩的リアリズムだね
とにかく、清廉な絶望すら取り上げられているような世の中じゃあ、ろくな希望も生まれやしないってことよ
な
3作観たけど、これがベスト映画化ではないか??
ジャック・ニコルソン、泣く芝居がいい
コスタ=ガヴラス×アンジェイ・ワイダ
これはなかなかの力作ですよ
ジョーン・バエズの歌がいい
バルカンの連中の考えることは愉快だね
ただ陰茎の露出に比べて、食べ物を粗末にする行為にそこまでの思想性があるのかという疑問は常にある
A Place in The Sin.
インモラルな愉悦に満ちた話をただのピューリタン道徳劇に堕としちゃねえ
言い換えればこの映画の主人公は罪そのものだが、51年版の方はリズ・テイラーなので勝てるわ>>続きを読む
68本目
この監督からはつねに、自分にしか興味のないことを隠してあたかも他者に興味を持っているように振る舞わなければならないという強迫観念めいた暴力性を感じる
そういう態度はいつも一方的であり、自分>>続きを読む
傑作なんだが、この監督の最高傑作ではない
理由はこの監督がこの時点で名のある俳優によって演じられた登場人物の8割までを、ときには脚本に反してまでも救いようのない馬鹿だとみなして演出しているからで、ルー>>続きを読む
先日クリス・マルケルの『サン・ソレイユ』を観たが、全くしがらみのない人間の見た昭和の日本というのは驚くほど情報量過多の世界だ、
情報量過多。
だから、それをカッコよく映したかったら作り手は意識的にノイ>>続きを読む
これだけハリウッドナイズドされていてもなんというか、実にドストエフスキーの匂いがするな、
タルコフスキーと仕事していたロシア人が撮ったからかもしれないし、元の脚本を書いたのもロシア人だからな。
アタシの記憶が正しければ『ロッキー』の採用されなかったラストはたしか、敗れた主人公とエイドリアンが2人で控室を去って行くというものだったはずだ。
だから、これは『ロッキー』のあり得たかもしれない姿、今>>続きを読む
(長いです)
いやはや。
野球映画という皮を被った、かくも全力のアメリカ民主主義擁護を見せられるとはね。
自由世界をリードする盟主としての屈託ない自信の裏に共産主義への恐怖が見え隠れする、この時代の>>続きを読む
トロツキィ…
アメリカのスラップスティック・コメディは面白いナァ
20年ぶりくらいの再見
疑いようもない史上最高の映画
今回目を見張ったのが、前半部のストーリーテリングの素晴らしさ、
ズーム、ローアングル、逆光、クレーン、ドイツから横取りした表現主義
特にアトラン>>続きを読む
あのエマニュエル・リヴァを呼んでおいてやらせることがまったく受動的な待つ女、耐える女、「あの人のセーターを胸にかき抱く女」であるという国がありえるだろうか??
正確にはセーターを編んでいたのは浅丘ルリ>>続きを読む
演出も音楽もテンポもこの時代のごく普通の映画、プロットはやや理屈っぽすぎる
が、
いやアイツなんなん……
本当に1964年の映画か??
Wow,
That's Fine Picture,
Fine, Fine, Fine…
「よくぞこんな恥ずかしいものを……」という呆れと圧倒的な面白さの間で引き裂かれる、そんなお前の立場は何なんだと常に迫ってくるのがあたしにとってのトム・クルーズ映画でね……
それは言い換えれば彼の非現実>>続きを読む
66本目
もはやトルストイ原作とかはどこかに吹き飛んでしまう、
『アングスト/不安』の300倍はこわい
雛壇が河を流れてくるイメージが鮮烈としても、なぜあんなに長く尺を取る必要があるのか
なぜボルヘスをボルヘスと明示して引用する必要があるのか
三上寛に三上寛と名乗らせて長台詞を喋らせる必要性とは……
と>>続きを読む
エイゼンシュテインの衝突するショットに対する積み重ねのショットか……
ある種の観光映画としても機能していたんだろうな
本来1967年に完成していたのだから当然だが、『アンドレイ・ルブリョフ』のような象徴性に満ちた、陰翳ある端正なモノクロ画面だ……
こりゃ驚いたね
これ一本のみの監督というのが本当に惜しい
名前のない男
ハードボイルドと同義語の心理描写の排除を徹底して映像化すると全編POVにでもするかという話にもなってくるだろうが、こういう描き方もあるのだね
首を吊った母親と縋りつく子どもが「光景」として登場する衝撃
まるでゴダールがやるような唐突さだが、これはKorean Neorealismoなのだ……