長内那由多

地下鉄道 ~自由への旅路~の長内那由多のレビュー・感想・評価

地下鉄道 ~自由への旅路~(2021年製作のドラマ)
5.0
E1
歴史ドラマから幻想奇譚へと転じるダイナミズム。これまでの美しく自由自在なカメラはそのままに、気配を捉えてきた監督がTVシリーズのフォーマットを得てより物語る事に重心を置いた貫禄。新境地!

E2
ガラッと話が変わるので、一瞬エピソードを飛ばしたのかと焦ったくらい。これも『ラヴクラフトカントリー』に次ぐハイコンテクストなTVシリーズで、陰惨な歴史的事実がファンタジーとマッシュアップされていく。ジョエル・エドガートン、ウィル・ポールターと助演陣も強力。

E3
デイモン・ヘリマン登場。『ワンス・アポンア・タイム・イン・ハリウッド』『マインドハンター』のチャールズ・マンソン役者として有名だが、『クォーリー』で見せたつま弾き者の憐れさこそ彼の真骨頂であり、やるせない結末を迎える(コーラを逃がすだけの勇気は始めからなかったのだ)。宗教と人種差別の関係は『ゼム』のE9とも呼応。地獄巡りは続く。

E4
エドガートン扮するリッジウェイはこのドラマのもう1人の主人公であり、E4では彼の過去が描かれる。父親(ここでもピーター・ミュラン!)は言う「あらゆる物に自分の姿を見出だせ。そうすればグレートスピリッツを見つけ出せる」。だがリッジウェイはその言葉の真理に気付けない。彼は血と暴力、侵略こそが国を興すアメリカ人のグレートスピリットだと信じている。

E5
焦土となったテネシーを引きずり回される地獄行脚の中、果敢に逃亡を試みるコーラと無抵抗によって自由を獲得しようとするジャスパーの無残。奴隷追跡人役のジョエル・エドガートンは自身も映画監督であり、方やバリー・ジェンキンス作品でリスクを引き受ける凄いキャリア形成。

E7“ファニー・ブリッグス”
「みんなの証が書いてある本を置いてきてしまった」

「放っておきなさい。ただのインクと紙よ」

7年もの間、屋根裏に隠れ生き延びたハリエット・ジェイコブズも重ねられているのだろう。そして地下鉄道に乗る事ができなかった全ての人への祈りでもある20分。

E8
コーラが無意識の“地下鉄道”へと降りていくE8は歴史ドラマの風格と、バリー・ジェンキンスならではの詩情が絡み合う傑作回。コーラは「ここは天国みたい」と言う。

この夢幻は20分のE7から連なっているが、そもそも“地下鉄道”とは『ハリエット』でも描かれた組織名であり、それを本当に地下鉄道として描いている所に夢幻的な美しさがある。コーラという主人公はいるものの、本作には“列車”に乗れた人、乗れなかった人いずれの視点も介在している。

E9
言葉も出ないくらい打ちのめされる。ポエティックなラブシーン、迸る激論、タルサを彷彿とさせる虐殺シーンのエピックな演出と、バリー・ジェンキンスは先達スパイク・リーを思わせるジャンルの横断を見せ、黒人映画の継承者として金字塔を打ち立てる。そして“This is America”の衝撃!

最終回E10。
史実では組織名だった“地下鉄道”が本作では本物の地下鉄道として描かれる。自由の象徴であり、“乗れなかった”人々を繋ぐ場であり、コーラの無意識への接続でもある。彼女が知る由のない母の物語を僕達は垣間見、手を引かれ続けた少女は母性を獲得する。物語に終わりはない。


PTA×ジョニー・グリーンウッド級のコンビとなったバリー・ジェンキンス×ニコラス・ブリテル。瞑想的な美しいスコアが僕達を物語へと接続する一方、もう1つ重要なのはアメリカ南部の虫の音。とりわけさざ波のように寄せるE10 では自宅の貧弱な視聴環境を恨んだ。
長内那由多

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