なっこ

持続可能な恋ですか?~父と娘の結婚行進曲~のなっこのレビュー・感想・評価

3.3
完璧なハッピーエンドなんて存在しない、
全ての物語には、その先があるから。

そういうことを分かった上で、この物語が生まれたのなら、この物語がなぜ“持続可能な”という形容詞を用いたのか、理解できると思った。

この物語はいまこの瞬間を生きている人たちの物語だと感じたから。

ドラマは大体3ヶ月くらいの時間を描く。放送の回数に合わせているのだと思う。でも、どれだけの人がその短い期間でドラマのある人生を送れているのだろうか。大抵の人の3ヶ月はただの3ヶ月でひとつの季節が過ぎていくに過ぎない、ドラマティックなことに遭遇する人は少ない。それでも、誰かの人生のどこかを切り取ってドラマティックな物語に仕立てるのが連続ドラマの面白さのはず。でも多くのことはもはややり尽くされて、結果どれも似たり寄ったりになってしまっている。目新しさを産み出すのもひと苦労。

登場人物たちはちゃんと過去を持って、次の人生へと連続した流れの中で、今を生きている。ここに、誰の目にも分かりやすく、ハッピーなエンディングなんて、描けるだろうか、安易な着地はかえって不自然な気さえしてくる。

人生の全てはゆるやかにつながっていて、どこかで断ち切ったり、関係が完全に掻き消えてしまったりしないものだ。心の中からその人が出ていくまで時間がかかるし、その人を心の中に抱えて生きていく人もいる。もう会えないからと言って完全にその人を忘れ去ってしまえるものでもない。死別でも離別でも。

だから、サステナブル。
ヨガの精神で言えば、“いま”この瞬間に集中すること。そんな風に乗り切っていくことしか今の私たちには選択肢がない。
しかも、その瞬間選んだ未来が、持続する方を選んでいくこと、終わりのある関係を取り結ぶべきではない、とされる。使い捨て切り捨てる世界は終わったのだ。その先を描く、新しい世界を受け入れて、進むその先を描こうとしているのがこの作品だと思った。だからこそ、物語が進行している間、着地する先が全く見えなかった。でもそれは、今現在を生きている自分の時間の中でも同じこと。今のこの瞬間の選択がどんな未来につながっているのかなんて、誰にも分からない。

私が気になった登場人物は颯。彼の気持ちになって物語を見ていくと切ない。家族のような関係の憧れの女性に男として見てもらいとアプローチする、きっとね、彼には既に結果が見えていたに違いない。恋敵がいてもいなくても結果は同じ。私だったらもしかしたら、ずっと胸に秘めたままで告白さえしなかったかもしれない。だから、彼は勇気がある。固定された人間関係を変えようとするチャレンジ精神が。夢見ることは自由だし、トライしてみなければ望む関係に進む可能性はゼロのままだ。こんなにも当て馬とされる男性に感情移入する日が来るとは思ってもみなくて自分でも驚いた。ヒロインが羨ましいとも見る目がないとも思わない。ただ彼の爽やかで勇気ある行動に、感心した。お母さんのプロポーズに即決で応じたお父さん含め総じて、男性陣の行動が素敵なドラマだった。

私も楓のように時には神から人間になって、ヒーローになり損ねた凡人だと自覚したらちゃんと軌道修正できる人間味のある人でありたい。そして、このビジネスで国際的に活躍しそうでかつ王子さまキャラの楓の魅力のおかげで、このドラマは海外の視聴者のお眼鏡にもかなうに違いないと思ってる。彼の思考&セリフは翻訳されたそれだったから。素敵な登場人物たちに出会えて、とても楽しいドラマ時間を過ごせました。ありがとう。

※以下視聴中の各話感想

#9 “結”に向けたすごい変化球の“転”

最初から“持続可能な恋”の言い換えは“愛”だという結論ありきで進むstoryだと思ってた。

けれどここにきて、その答えは“結婚”や“家族”なのかもしれないと思い始めた。

キャラクターとしての颯に惚れそうで、CMとか雑誌とかで磯村勇斗さんを見かける度に無駄にドキッとしてしまう。彼の生い立ちも気になるし、彼のセリフは、そのまま綺麗に外国語になりそうな表現でオリジナリティがある。彼も含めてみんな幸せになってほしい人物ばかり。

壊れやすいもの、変化していくもの、ままならないもの、扱いづらいもの、ないと生きられないもの…

このドラマは辞書編纂者が登場するだけあって、セリフや言葉の定義が深いなぁ。考えさせられる。そして、教科書に載っていた谷川俊太郎さんの詩「生きる」を思い出した。

いま生きているということ

そのリフレインが美しい詩。

#8
サステナ疲れ(笑)。
いいとこ取りは難しい、本当そう。
私は彼の元妻のような子を持ち子育ては元夫に押し付け独身女性として遠慮なく転勤話が舞い込むっていう仕事も順調な彼女が、逃げ切りで幸せになる気がしてたけど。
でも、これで良いのか私って、つぶやく彼女をそっと抱きしめてあげたくなるようなそんな視点の持ち方をするこのドラマはちょっとズルいなとさえ思った。

全部選んで進んでも、その度傷付きボロボロになってひとり突き進むしかないのかなって切なくなった。みんながみんな納得の未来は選べない、でも、フィクションのドラマくらいは、嘘みたいなハッピーエンドが見たいな、と思う。


#6
でも、手は2本あるよね。

空いた方の手で何をつかむのか

いつもそこで迷っている気がする。

#5
親子の恋がリンクしてる面白さ。

いま会いたい、を大事にする。
悔しい、会えなくてさみしい、会いたい、とかっていうそのとき自分が感じているけれど誰にでもオープンにできる訳じゃない率直な感情を共有できる他者。フタをせずに出せる相手。私的な領域にまで侵入されても平気な相手。
こいつめんどくさって思ってしまいそうなところを、それが見られるのが私の特権だと言えるほどの愛。そんな愛に包まれてみたいものだ。

#4
恋をしなくなると好きって気持ちがどんなものだったか分からなくなっていくね。

誰かを思って心が温かくなったり、
そばにいたくなったり、
気が付いたら目で追ってたり、
抱き締めたい衝動に駆られたり。

人生で大事なことはどんどん増えていってそれらに振り回されてるうちに、そういうキュンな気持ちの発生源を見つけられなくなるのかな。発見してももうよい大人だから、最初から手放す準備をしてしまうものなのかもしれない。

大事なものがふたつあるときはどうしようか。

ヒロインが頑張ると決めた瞬間に、あれは反則でしょう。起業セミナーも終わったし、第二章に突入してく感じ。

#2
ほんとご縁ってなんだろうねー、分かるよー。
もうなんかね、出逢えた人だけがそう言う資格があるっていうのはちょっとズルいよね。ご縁があったとか運命だったとか、結果論でしかない。私は最初にヒロインが晴太に提案した内容がスッキリしてて好きだったのに、【Some】とか言い出しちゃうと、普通の恋愛ドラマにならないか、なんだか新しいモノを期待したのは私だけかー。
ヒロインが晴太を引き寄せようとした“引力”の動機の方が気になるよ。もうその時には始まってたんじゃないかな、と。

そして夜桜の下でみたらし団子をほうばるふたり。ドラマ史上に残る美しい画だったと思う。どこなんだろう、すごくロマンチックなのにヒロインに全く幼馴染の彼への気持ちがないのが皮肉で、とても良かった。

#1
持続可能な恋など存在しない。それでも持続可能な何かを求める心は大事。

ヨガで言うところの非暴力とはそういうことか。そうだな、他者に対してだけでなく自分に対して暴力的であるのかもしれない、今の頑張り過ぎる風潮は。“人に優しく”という言葉は、まずは自分に優しくなければならないだろう。わがままに聞こえるかもしれないけれど。

それにしてもヒロインの母親の手紙はなんと素敵な文面だろう。
私もこの先誰かと婚姻関係を結び解消する日が来るならば、こんな風に相手の人生から去りたいと思う。

1話目でもう惹きつけられた。キャストが好き過ぎる。
なっこ

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